「一ヶ月くらい前、だったっけ? あんたが編入してきたのは」
「うん。大学院の研究機関から所属を外すことになってね。何もしないんじゃ暇だし。調べてみたら、明精に特異高知能者《ギフテッド》がいるらしい。その子のことが気になって、ここに入ると決めた」
 万知のターゲットは最初から、あたしだった。
「あんたは、あたしを知ってたのね」
「存在そのものはね。だけど、なかなか近付けなかった。意外と機密に厳格なんだ、この学校。担当教官を落として言うことを聞かせるまでに、時間かかっちゃった。風坂はずいぶん特別扱いされてるんだね。ちょっと嫉妬する」
「どうして、あたしを?」
「話したかったの」
「話す? 真理に近付いてみた? なによ、それ?」
 万知は長い髪を掻き上げて、声をたてて笑った。
「大学院を離れて正解だったよ。この学校のほうが、自由で楽しい。飽きてたんだ、研究室でネズミいじるのにも。なかなか死なない品種、作っちゃった。今度、見せてあげようか。本当に死なないから」
「いらない」
「冷たいな。そんな怖い顔してないで、笑ってよ。風坂はわたしに会いに来てくれたんだろう?」
 そうね。あたしはあんたに会いに来た。あんたの真理が殺戮の中にあるんなら、その論理をへし折りたくて来た。
「なんのために殺すの?」
 万知は声を弾ませた。
「嬉しいね。話していいんだ。普通の人間の頭脳じゃあ到達できない理論だからさ、風坂だったら理解してくれるかなって期待してる」
「あんたは理解されたいの?」
「もちろん。無条件の理解と愛情が、わたしはほしくてたまらない」
「都合のいい話ね」
 万知の舌先が、ゆっくりと、赤い唇をなめる。
「自分の不幸について、ずっと考えてきたんだよ。わたしはなぜ、この世界に見合わない身の丈を持って生まれてきたのか? わたしは孤独で不幸だ」
「自分が特異高知能者《ギフテッド》だってことを言ってるわけ?」
「どんな特別を用意されても、わたしの能力には追いつかない。わたしは満足できないの。この閉塞感と鬱屈を、どうやったら表現できるんだろう? 罪は誰にもないよね。だからこそ、やるせない」
「前に言ってた話と違う」
「見栄を張ってみただけ。風坂ってさ、からかいたくなるタイプだから。ほんと、不幸な表情が似合うよね。自分の存在を否定したいんでしょ? でも、プライドが高いから、できないの」
「……そんなの、なんで、あんたが……」
「なんでわたしがわかるかって? そりゃわかるよ。わたしは特別に頭がいいもの」
 あたしの前に立った万知が、あたしの両肩に手を掛けた。ゾクッとする。動けない。
「あんた、一体、なんなのよ……」
 得体の知れない存在。あたしの頭脳では測れない相手。
 気味が悪い。
 ぬるりとして、すり抜けてしまう議論。会話がねじ曲げられていく違和感。