て・そ・ら



 だけど、結局その日の帰宅時間では、電車で横内には会えなかった。

 期待して、せめて少しでも印象良くってリップクリームなど塗りこんでしまっていたあたしはガッカリして電車の窓におでこをぶつける。・・・ちぇ。会えないじゃん・・・。

 仕方ないから窓から外を見ていた。

 暗くなって、眼下に広がる街にもぽつぽつと明りがともり始めている。

 ・・・横内は、どこに住んでるのかな。どこの中学出身で、いつからテニスをしてるのかな。

 びっくりするくらい、あたしは横内のことを知らないのだった。

 だけどそれは凹む要因にはならない。ならないよね、うん。だって、知っていくことが出来るんだから。何か一つ、彼について知るたびに、あたしは一々喜ぶんだろうし。

 思いついて、あたしは生徒手帳を引っ張り出した。シャーペンをかまえて、揺れる電車の中で苦労して本日の一行日記を書き込む。

『Yと喋れた!お礼も言えたし、ほんと良かった』

 そうよね、いいことだってある。

 気分を取り直してあたしは前を向く。

 明日からはクラスで歌の練習が始まるっていってた。クラス委員の飯森さんは合唱部でもあるらしいから、それはそれは張り切ってクラスを仕切りそうだった。・・・もしかして、合唱になったのは飯森さんの陰謀か?

 いや、それは違うの知ってるけど。

 一人で頭を振って、仕方ないな、とため息をつく。

 ものすーごく、参加したくないけど。・・・ほんと、嫌だけど。

 明日からは放課後に練習で、帰りは遅くなることが決定してしまったのだから。あたしは地味で平凡な生徒。勿論、文句は言わずに従うだけ。