て・そ・ら



 一年生の時に発見して、以来文化祭が近かろうが作品展が近かろうが、いつもいない顧問が珍しく部室にいようが先輩の機嫌が悪かろうが、4時半にはとっとと学校を出て、電車に乗る。

 全部、この時間の為だ。


 一人で車両を占領できるときには車両の真ん中に立って、下から迫り来る夕方の街を眺めたりもする。まるで飛んでいるような気分になれるのだ。たまにはぼーっと両腕を横に伸ばしてみたりもする。

 ちょっとした、鳥の気分。

 だけど今日は真っ先に学生手帳を鞄から引っ張り出して、今日の欄に書き込んだのだ。

『9月21日。ファーストキスは、痛かった』

 横内の名前も書き込むかで数秒悩む。だけど、別に必要ないか、と思ってそのままシャーペンを筆箱代わりにしている銀缶に仕舞いこんだ。だって少女マンガによくあるパターンで近づいて、ドキドキしながらってわけじゃあない。

 鼻血つきの、アクシデントだったのだ。

 あたしはそれでもついでのように相手の顔を、眩しい夕方の太陽の影に見る。

 横内航。確か、テニス部だったはず。

 野球部みたいに丸刈りとは決まっていないが、やはり短髪とは決まっているらしい部活の影響で、いつでも彼の頭は短い黒髪だった。

 ほとんど話したことのないクラスメイトを思い出すのにまず頭が出てくるのには、ちゃんとわけがあるのだ。

 ヤツは、常に寝ている。

 ずーっと寝ているのだ。椅子に座ったまま半眼で、目を閉じて、酷いときには机に完全に突っ伏して。