て・そ・ら



 運動系クラブには珍しく、男子硬式テニス部は顧問の先生の意向で夜練習はあまりしないと優実が教えてくれた(というか、いきなりべらべら喋っていた)。

 だから会えるのだ。最後まで部活をした日には違う車両にのる横内を発見することが出来る。彼は大体一人で乗っていて、ポケットから白い線を出して耳にイヤホンを突っ込んで窓から外を眺めている。

 その横内を見つけると、あたしは人影に隠れるようにしながら電車の中を移動する。こっちからはしっかりと見えて、あっちからは気づかれないような場所に。

 それからもういっそ体のむきを変えれば?って自分でも思うくらい頻繁に、彼の姿を確認してしまうのだ。横内が降りる、あの乗換駅までの間。

 横内も下りてしまって空いた電車の中、やっと手帳をあけて本日の一行日記を書き込む。空も見ずに。

 今まであたしの中の大部分を占領していた偉大な自然の力は、突然降って湧いてきた気になる男子のせいですっかり色があせてしまったのだった。

 それがいいのか悪いのかはあたしにはわかんない。

 でも確実に、それは毎日の中でちょっとしたいいことに分類されていたのだった。

 だからもしかして、絵の完成が遅れているのはそのせいもあるかもしれない。自分でもそう思っていた。

 もう最後の、あとこの影を足せば完成だ、それがわかっているのにあたしの手はいつまでも青を重ねている。

 これが出来てしまえばまた、あたしの下校時間は早くなる。

 大切な夕焼けの時間に、あの電車を独り占め。

 だけどそれを天秤にかけてしまうようなあの男の子の存在が。

 あたしの筆を、遅くしていた。