て・そ・ら




 『物理の授業に恩を受けてしまった』


 そう一行日記に書き込んだ次の日に、何とその恩を返すチャンスに恵まれた!

「横内、君。これ、えーっと、よかったら」

 あたしが差し出してるのは数学2-Bのノート。うちの高校はガンガンというわけではないにせよ、ある程度の進学高でもあるのだ。自分達でもたま~に忘れるほどの力の入れ方、といえばいいだろうか。

 その学校で、一番怖い先生は誰ですか~?と聞かれたら、全校生徒が口を揃えてコーラスする名前であると思われるのが数学2-Bを担当する貝原先生。

 高い身長でペラペラの薄い体を持つ、50歳を越えている名物教師だ。

 眼鏡をかけていて、そのガラスの奥から覗く瞳に容赦の文字はまったく見えない、ものすごーく怖い先生なのだ。別に怒鳴ったりするわけではないが、迫力が半端ない。

 問題を当てられて答えられなかった場合、シーンと静まり返った教室の中、生徒は冷や汗をダラダラ垂らしながら直立不動するはめになる。その生徒が自力で解いて答えられるまで、眼鏡の奥からじーっと見て、待っているのだ。

 すでに瞬間冷凍している生徒が答えられるわけがない。太陽すら凍るか、と思われる冷たさの眼で、先生は静かにため息をつく。そして、いきなりその前後の席の生徒を指して「代わりにやりなさい」というから周囲も堪ったものではないのだ。

 自分の周囲の生徒があてられて答えられなかった場合、いつ自分にとばっちりがくるかわからないから、皆必死で教科書と睨めっこして問題を解きまくる、というわけ。もう涙目で必死なのだ。当てられた生徒も、周囲の生徒もお互いに生きた心地がしない授業、それが数学2-Bという科目。