だから、あたしにとっては大事件だった。
ハプニングキス・・・・くっくっく。ダメだ、怪しい笑いが零れてしまう。赤面でなく、笑いが。ただの衝突であったとしても、男子とあれほど近づいたことなどなかったのだから。
隣で今日も眠りこける横内の口元にはバンドエイドがはってあった。それは朝一で発見した。だけど彼は同じテニス部のほかの男子と話したりしていて自席には全くおらず、そんでもって授業になったら即寝てしまったからやっぱり話しかけるタイミングがなかったのだ。
『鼻血、大丈夫だった?』
『その怪我どうしたの?』
そう聞いてみたかったんだけど・・・。
頭の中で何度も繰り返すシミュレーション。だけど、それは現実には起こりそうもなかった。
その日はやっぱり話しかけることが出来ないままで一日が終わってしまったのだ。
あたしは誰ともになくつっかかりたい気分で部活へいき、いつものように強烈な茜色の夕焼けを見て、教室のカーテンを乱暴にしめたものだった。
八つ当たりね・・・判ってる。
「あ、七海発見~!何みてんの?」
廊下で中庭を見下ろしたままぼーっと回想していると、同じ美術部から抜け出してきた優実が窓枠に張り付いてあたしに聞いて来た。
「・・・いや、別に」
視線を辿られないようにさり気なく顔を上げて、あたしは何てことないって顔でペットボトルを傾ける。



