天才に恋をした

すぐに苗のスピーチが始まった。


「みなさん、中絶しないという選択により、私たちがここに存在しているという主張は正しいとは言えません。

確かに中絶が行われていれば、私は存在しません。しかし、それによって、助かる命もあったはずです。

中絶せずに出産して、親子ともに精神的、肉体的、経済的に未熟であった場合、それは生活の破綻、すなち死に繋がります。

親が死亡するというということは、命が産み出されるチャンスも潰えるということです。

人類の多様性という観点から見てもゆゆしき損失です」


…あ、こっちの主張を先回りしてきた。

やるな。


ここで、挙手をする。


「疑問があります。

妊娠によって、未熟な状態に追い込まれる社会であることこそ問題ではありませんか?

例えば、あなた自身も女性ですよね?

当然、妊娠する可能性があります。

これは当然のことです。

それが望まぬ妊娠であったならば、あなたは弱者となり、配偶者の子であるならば、そうでなくなる……

この矛盾点を中絶によって解決できるとは思いませんが」


苗が言いよどんだ。

俺は、答えを待った。



「私は生きたい」


静かだけど、力強い声だった。




「生きることは矛盾だらけです。

自分より才能と可能性に溢れた人が、

自分よりも何倍も努力した人が、

善良で罪のない人が、

ある日、理不尽とも思える理由で死を迎えます。


一方で欲望を暴走させ、堕落した人間が、例え牢獄の中に在っても緩慢に死を迎えることもある。


そんな矛盾の中にあっても、

私は生きたいのです。


そして同じように、矛盾の中にあったとしても目の前の命を生かしたい。

聖母になれる可能性、

メシアが産まれる可能性が失われても

生きたいと人が望むとき、

不確定な未来のために、

今ここにある命をないがしろにはできません。


よってここに、『望まぬ妊娠による中絶は、社会に安定をもたらす』と再度主張します。

素晴らしい聴衆の皆さんに感謝いたします」



苗が『生きたい』と言った。


生きたいって。



これだけの事を自分自身で言った。




スカイツリーを思い出す。



あんなの……

もうずいぶん昔のことみたいだ。