━━「依世ちゃんは大きくなったら何になりたいんだい?」
  「おとーさんのお嫁さんっ!!依世、おとーさんと結婚するー!!!」
  「うふふ、依世ってばお父さんのこと大好きなのねぇ。」
  「うんっ!!!おかーさんもだいすきっ!!!」
  「あらあら。お母さんも大好きよ。さ、おやつにしましょ?」
  「わぁぁいっ!!依世、おかーさんのレモンタルトだいすきなんだぁっ」━━

「っ!!!」
 まだ幼かった頃の懐かしい夢と、頬を伝うあたたかな雫で依世は目を覚ました。
「わたし、寝ちゃってたんだ...。」
 まだはっきりしない意識で、依世は目をこすりながらそっと呟いた。
 どの位寝ていたのかわからないが、窓から差し込む柔らかなオレンジ色の光から今は大体夕方頃だろう、と依世は推測して、ある違和感に気付いた。
「ここ...どこ...??」
周りを見てみると、まるで図書館の様で、大きな棚があり、その棚には色々な色、分厚さ、大きさの本がぎっしりと並べられていた。
「図書館...??」
 仮にここが図書館だったとしても初めて見る所で、ここまでどうやって来たのか、そもそもここが本当に図書館なのか、ここがどこなのか。依世には心当たりが無く、検討もつかなかった。
「わたし...今まで何して...??」
 考えている内に、依世は見落としていた大きな違和感に気付き、はっと息を呑んだ。
「わたし...飛び降りて...え?」
 そうだ。
 依世はもう生きたくない、とこれ以上生きることに疲れ果て絶望し、自ら『死』を選択して、確かに自身が通う学校の屋上からその身を投げた。
 風を切るふわっとした感覚も、地面に叩きつけられる、あの強烈な感覚も確かに覚えている。
 それなのに、何故━━。
「なんでまだ生きてるの...??」
 まだ生きれと神様は言うのか。まだ頑張らなくてはいけないのか。
 またあの狭い箱の中で虐げられなくてはならないのか。
「やだ...やだよ...もうわたし」
 「いじめられたくない。」頭を抱え何度も何度も繰り返す依世は、誰から見ても明らかに狂気のレベルまで達していた。
 『いじめ』こそが依世が生きることに絶望した理由なのだった。
 混乱する頭をフル回転させてみたが、自分は確かに屋上から身を投げた。
 依世は、確かに死んだのだ。
 何故なら、靴を履いていないからだ。
 高校の入学祝いにと、両親が買い与えてくれたローファーは、彼女がその身を投げる直前にせめて今まで自分がその足で学校に通ったということを遺したくて、両親に宛てた最後の手紙と共に置いてきた。
 夢じゃないとしたらここは一体どこで、自分は何故ここにいるのだろうか━━。
 そんな疑問を抱きつつも依世は立ち上がり、とりあえずこの建物の出口を探そうとまだ覚束ない足でふらふらと歩き始めた。
 規則正しく並んだアンティーク調の長机に椅子。同じ高さの本棚。
 大きな窓から差し込むオレンジ色の光は既に夜を迎えようとしているのか徐々に陰りを見せ始めていた。
「わたし、どうしちゃったんだろ。」
 はぁ、溜め息を零しながら再び周りを見回し、依世はまた新しい違和感に気付いた。
 さっきからずっと感じていた違和感。
 こんな大きな図書館で、依世は誰ともすれ違っていない。
 それどころか物音さえもしないのだ。
 そう、人が、居ないのだ━━。