「ノハラのおばあちゃん、紫陽花の手入れしてた。…好きなの?庭仕事」
「好きって言うか…あれはもうほぼ仕事だな。手伝うと文句言うし」

その言葉に笑った。自分の祖母を思い出し、懐かしくなった…。

「私のおばあちゃんも生きてた頃、よく庭いじってた。一緒に手伝いもしたし…そう言えば、あの頃の夢って…」
「フラワーアレンジメントの講師になること…」


「……だったよな?」

振り返り、ノハラが聞いた。

「う…うん…そう。よく覚えてるね」

意外だった。誰かに話した事があるとは思っていなかった。

「覚えてるさ。花穂から直接聞いたんだから」
「えっ…いつそんな事喋った⁈ 」
「いつ…って中学の頃。作文の宿題で、自分の夢について書けっていうのがあったろ」

覚えてないのかと聞かれ頷いた。

「オレは記憶力がいいな!」

偉そうに威張っている。きっと書くネタが無くて、私の作文を参考にしようと思ったから覚えていたのだ。

「お前、今もそれなりたいと思ってるなら、佐野さんに習えよ。あの人、免許持ってるぞ」

作業の手を止めずにノハラが言う。

「ホント⁉︎ 」
「ああ。確か前にそう言ってた。花束作ったりするのに必要だから取得した…って」
「へぇー…」

花屋は女性の仕事かと思ってたけど、つくづく違うんだと知らされた。
ノハラの取引先である花屋は、多くが男性店主らしい。

「結構重労働だから、女は続かないことが多いんだって」

だからさっきの質問だったのかと、今度はこっちが納得した。

「花穂すぐ辞めんなよ。折角、口きいてやったんだからな」

余計な事を言う。やっぱりノハラはノハラだ。

「できるだけ頑張る。花は好きだから…」

(扱うのよりも、飾るのが…だけど…)

心の声を隠して外に出た。
庭先ではおばあちゃんが、まだ紫陽花の手入れを続けていた。


「お邪魔しました」

声をかけると、こっちを向いて立ち上がった。

「もう帰るのかい?」
「はい…仕事を紹介してもらったお礼を…言いに来ただけなので…」

失礼しますと頭を下げ、帰ろうとする私に、おばあちゃんは切ったばかりの紫陽花を束にしてくれた。

「持ってお帰り」
「わぁ…こんなに沢山…いいんですか⁈ 」

青やピンクや白…いろんな種類がある。嬉しくて、つい抱きかかえた。

「お花好き?」
「はい!大好きです!ありがとうございます!」

声を上げてお礼を言うと、満足そうな顔をされた。

「あんた、名前は?」
「岩月花穂です…」
「カホちゃんか…よく覚えとくよ…またおいで」

ニコニコするおばあちゃんに頭を下げ、家に帰った。

もらった紫陽花を数本、仏壇の花瓶に差して手を合わせた。



(おばあちゃん…ただいま…)

厚と別れてから、初めて仏壇の前に座った。
家族に内緒で男と暮らしていた自分が恥ずかしくて、ずっと…顔向けできなかった…。

(ご無沙汰していて…ごめんなさい…)

裏切られて、傷心の末に帰って来たことを、ゆっくりと心の中で謝った。
見つめる祖母の遺影は、生きていた頃と変わらず、優しい顔をしていた。

『よく帰って来たね…』

そう言われた気がしてホッとした…。

(……おばあちゃん、私、今日から花屋で働くことになったのよ…)

生きていたら、きっと喜んでくれただろう。
私が花を好きだと知っていて、いつも庭にいろんな花を咲かせてくれた。

(昔持ってた夢に少し近づいたから、頑張ってみるね…だから見守ってて…)


ほんの少しずつだけど、前を向いて生きようとしている。

ノハラと出会ったあの日から、

確実に何かが変わっている様な

気がしていた……。