バス停の怪

 夜の校舎に忍び込み、学校の七不思議のうちのひとつ「廊下で走り回る人体模型」を解決したあたしたち超常現象研究所。その日の体験は、今まで超常現象の類を人間の作り話としか思っていなかったあたしにとって非常に奇妙な、まるで夢のようなものだった。でも、あたしの奇妙な体験は、何もそれで終わりではなかったのだ。むしろ、あの夜の出来事はほんの始まりに過ぎないのだった。

素子「ふ…、ふぁ~あ…」

気もちいい朝の目覚め。腕を上げて思いっきり背伸びをして生あくびをひとつ。

ナラク「あ、おはよう。おまえって寝顔ブスだな」
素子「……、……」

言っておくが、あたしはひとりっこだ。兄弟はいない。強いて言うなら、お兄ちゃんて呼んでる従兄がいるくらいだ。従って、自分の部屋に自分以外の誰かが、ましてや年下の女の子がいるなど、どう考えてもあり得ないのだ。

ナラク「あとちゃんとしたパジャマで寝ろよ。ジャージは色気なさすぎだぞ。
    まあでも…お前って色気とか皆無の身体してるよな。
    お前って彼氏とかいたことあんの?」
素子「寝起きからこんなに殺意が湧いたの初めてなんだ。というか…」

素子「なんで、あたり前のようにあたしの部屋にいるの?」

まずいきなり寝起きの状態から怪奇現象は始まった。昨日の例の自称死神の少女が、なぜか家にいるのだ。こんなふてぶてしくて口の悪い、おまけに自称死神とかいう頭の痛いちんちくりんを家に入れた覚えはない。

ナラク「ああ、今日から一緒に住むことになったから
    これ、つまらんもんだけど…セミの抜け殻」
素子「いらん! というかよくこの季節にあったな!」
ナラク「財布に入れると金運が上がるらしい」
素子「それは蛇の抜け殻だろ…、というか本当に一緒に住むの?」
ナラク「え、だって姉妹ということに一応してもらったし」

何度も言うが、こんなふてぶてしくて口の悪い、おまけに自称死神とかいう頭の痛いちんちくりんを家に入れた覚えはない。ましてやそれが妹だなんて考えたくもないことだ。

素子「一応してもらったって…」
ナラク「僕と契約して姉になってよ」
素子「やだわ! 絶対認めないから、あんたが妹だなんて絶対認めないから!」

「ナラク~素子~、ご飯出来たわよ~」
ナラク「あ、お母さん 今すぐ行くね~」

階段下まで朝食の支度が済んだことを伝えに来た母に、ナラクは当たり前のように答える。あたしの母はあたしの母であって、ナラクからすれば母でも何でもないはずなのにお母さんと呼んでいる。そしてそのことに何ひとつ違和感を感じずにいるあたしの母。次々と起きる理不尽極まりない怪奇現象にあたしの脳回路はショート寸前だ。昨日会ったばかりの少女が自分の妹として扱われている。そのことは朝食中も変わらず、ずっと毎日姉妹で暮らしてきたかのような態度を家族はとっており、「今日はふたり何かよそよそしいわね」とまで言われてしまった。あたしにしてみれば昨日会ったばかりなのだから、よそよそしくて当たり前なのだが。

ナラク「ああ、姉ちゃんまだ寝ぼけてんだ」

それより、なぜこいつはこんなにも馴れ馴れしい口を昨日会ったばかりの歳上に対して聞けるのだろうか。だが腹を立てて反論すれば、またややこしいことになる。

「あらあら、ナラクのほうがお姉ちゃんよりしっかりしているわね」

そう言われてどや顔でこちらを見るのを激しくぶちのめしたいのだが、どうもぐっとこらえるしかなさそうだ。この理不尽極まりない状況を家族は日常として受け止めているのだから。そしていちいち相手していては学校に遅れてしまう。
 
 通学には家から徒歩で3分程度のバス停にとまる市バスを利用する。利用者の数は7時のこの時間だと5、6人程度。サラリーマンと学生服、あとはお年寄りが何人かいるぐらいだ。

ナラク「バス通学なのか」
素子「ついてくる気かよ」

どうやら、このちんちくりんは徹底的にあたしの生活に介入してくるつもりでいるらしい。腹立たしいことこの上があるものか。向こうがその気ならこっちも徹底的に無視してやろう。そう考え、あたしはスマートフォンを取り出す。もっともこのバス停で友達と会うことのないあたしは、バスまでの待ち時間をゲームアプリに費やすことが多い。それに、通勤や通学時の利用者が多い朝の時間帯は限定配信がある時間帯でもあるのだ。あたしがハマっているのは、ロジックパズルとRPGの合体した「ロジック&ドラゴンズ」。略して「ロジドラ」。マス目の横に書いてある数字をヒントとしてマスを塗りつぶして絵柄を完成させるロジックパズルに、モンスターにダメージを与えるエフェクトを加え、倒したモンスターを召喚獣として集めることのできるコレクター要素も加えた画期的なゲームで全世界4000万ダウンロードを突破している。

素子「えっと縦の列が3,1でここの横の列が4だから…
   塗りつぶせるのは…ここ!」
ナラク「何やってんだ? なんか面白そうだな」

バス停のベンチに座り、スマートフォンをいじっているあたしの肩によりかかり、いかにも興味津々と言った面持ちで画面をのぞき込むが、そんなナラクのことは無視することにする。この手のパズルはかなり頭を使うのだ。だが、そんなことなどお構いなしに、ぐいぐいと視界を遮ってまで画面をのぞき込もうとしてくる金髪の頭。それを無言でぐいと押し返す。

ナラク「けちんぼ、見せてくれたっていいだろが」

こういう時に限って変に子供っぽい言い方になったりするのがまた腹立たしい。なお一層のこと、目の前にずいと突き出される金髪頭を押し返し、終いにはスマートフォンの画面そっちのけで、ナラクと押し合いへし合いをすることになり、奇しくもナラクに踊らされることとなったが、そんなことを冷静に分析する間もなく、はたから見れば何とも微笑ましい喧嘩をしていたところに、聞き覚えのない声が飛んできた。

「お姉ちゃん、何してるの?」

どこぞの猫とネズミのごとく仲良く喧嘩をしているあたしたちを見て興味がわいたのか、ひとりの少女が話しかけてきたのだ。年頃はちょうどナラクと同じぐらい8歳ぐらいの子供だ。よく見てみると少女の視線はあたしたちというよりも、あたしが所持しているスマートフォンの方へとむけられていた。

少女「それ、面白そう…」
素子「え? こ、これ…?」

すっかり画面をほったらかしにしてしまったせいでゲームオーバーになってしまったロジドラの画面を少女に向かってみせるとこくりと頷いた。瞳はきらきらと輝いており、どうにもナラクのようにつっけんどんに扱う気にはなれなかった。とはいっても決してあたしは子供の扱いが慣れているわけではなく、所々しどろもどろになりながらも、初心者の頃では自分でもよく分かっていなかったロジックパズルのルールを説明したりしてみた。結局「よくわからない」と言われてしまったが。

少女「みんなそれいじってるから、ずっと気になってた…
   あたし、ケータイ持ったことないし、それにあたしのころ
   そんなのなかった……だからすっごく楽しそう」

考えてみれば、あたしも中学校に入学してからスマートフォンを持ったので、ナラクや目の前の少女のような8歳ぐらいの歳では、ケータイは完全に大人が使っている道具といった印象だった。当時はしきりに羨ましがり、中学になって初めて持ったときに年甲斐もなくはしゃいだのを思い出す。

ナラク「あの頃はケータイ持ってるだけでうれしかったのに
    今は課金中毒者か…」
素子「したことないわ!」

そして、今朝一番の怪奇現象はここで起こった。さっきまであたしに向かって話しかけていた、ついさっきまでここで話していた少女がほんの一瞬目を離した隙に忽然と姿を消したのだ。どこへと走って行く足音もなく、ただぱっと消えてしまったのだ。