気がつけば、ぼくは独特の香りがする廊下の横長い椅子に座って項垂れていた。




 ……あれ、ここどこ……?





 目の前の扉の上には、『手術中』という光る文字がある。






 しん、と静かな廊下に突如ドタドタとした足音が響き渡った。



 
 その音に反応してぼくが視線を向けると、角から走ってきたのは今にも泣き出しそうな女性と背の高い男性。



 椅子に座るぼくに気がつくと、女性はこちらに駆け寄ってきた。



 女性が動いた拍子に発生した小さな冷たい空気の流れが、ぼくの乾きかかった頬に当たってひんやりとする。




 女性は小さな、消えかかった涙声でぼくに言葉をかけた。





「あなたが世尾くん……?」





 “世尾くん”。そう呼んでくれた彼女が頭に浮かび、状況を悟った。





 彼女とアニモンランドに行ったこと。



 観覧車の中で彼女が血を吐いて倒れたこと。





 その後の記憶がぼやっとしていて朧(オボロ)げでしかないが、ここはおそらく病院で、この扉の向こうで彼女は手術を受けているのだろう。





「あの、」





 女性が放った言葉によって現実に引き戻される。





「あ、す、すいません……。ぼくが世尾ですけど、なにか……?」