金木犀の香り。


風がそよぐと、やってくる。



なんとなしに初めて歩いた道も。


その香りに励まされて。


いや、誘われるようにして。



目的地まで辿り着いた。




甘い、匂い。




手を伸ばして触れると、小さい橙色の花は愛らしく震えた。



お気に入りの曲を口ずさみながら、沙耶はポキンと、その枝を折る。



同時にどこからか、金木犀のそれとは違う香りが、空気に漂い、沙耶は思わず辺りを見渡した。


すると。


『あ。』


いつも竹林で会う男の子が、驚いた様子で、沙耶を見ていた。



『さぁちゃん、こんなところで何やってるの?』



それになんて答えたか、どうしても思い出せない。


だけど、男の子からした甘い匂いは、記憶の片隅に残っている。


あの場所は、一体どこだったんだろう。



今となってはそれすらも、よく覚えていない。



橙色の花が咲く場所で。


いつもと違う、外の世界で。


あの男の子と、一度だけ、会った。


それは、思ってるよりずっと、沙耶を支えてくれた出来事だったような気がする。