「理名ちゃん、だっけ?
行こうか」

秋山くんのその言葉に、小さく頷いた。
それしかできなかった。

なにこれ、まるでデートみたいじゃん。

私の隣を歩くのは、秋山くんじゃなくて拓実くんがいい。

「なに?
俺に何かされないか不安?
心配するなって。

初めて会った、しかも好きな子がいる、他校の女の子に手なんか出さないよ。

拓実くんは、理名に何かしたら、君の卓球部の生徒1人を、半殺しにするかもっていう脅し文句をさっき言ってきたからね。

しかも、さりげなく理名って名前を呼び捨てにしてたし。

もう、じれったいから付き合っちゃえばいいんじゃん?」

拓実くん、そんなこと言ってたの!?

恋人である女の子を溺愛している、ウチの学園のどこかの誰かが言いそうなセリフだ。

元ヤンという経歴のせいか、そういう怖い台詞も似合ってしまうから不思議に思える。

2人でしばらく歩いていると、例の、さっき拓実くんが言っていたであろう、カフェが視界に入った。

しかも、バンドメンバーに拓実くんまでいる。

「なんで……?」

紹介文には、拓実くんの名前と共に、こんな文言が書かれていた。

『ベース担当、卓球部の練習がない時だけ、気まぐれで手伝っています』

拓実くん、卓球にバンドに……
しかも医者志望なら、相当な勉強が必要だ。

身体いくつあっても足りないでしょ……

そう思いながらカフェに入る。
チェーン店ばかりにしか足を運ばない私は、こんなオシャレなカフェに入ったことはない。

カウンター席が大きな窓に配置されている。
窓からは、夏の太陽がギラギラと照り付けていた。

このカフェ、冬なら木漏れ日が気持ちいのだろうな、などと思ってしまった。

打ちっ放しのコンクリートの壁と板張りの床、
木の家具が、ナチュラルで落ち着いた雰囲気を出していた。

「いらっしゃいませ」

ホールの人が出迎えてくれる。

連れがもう一人来てから注文するからと秋山くんが言う。

「お連れ様が来てからお声がけください」

と言って、店員さんは去っていった。
メニューを見ながら待つ。

ハヤシライスが美味しそうだ。

それから、20分も経たないころ。

カラン、と鈴の音色が私の鼓膜を破った。

「ごめん、理名ちゃんに道明くん。
お待たせ」

卓球部で外周でもしているのだろうか。
走ってきたはずなのに、彼は息ひとつ切らしていない。

「あら、待ってたの、拓実くんだったのね?
ゆっくりしていってね。

はい、お水になります。
ご注文が決まったらお声がけください」

さっきは不愛想だったのに、拓実くんが来た瞬間、にこやかな笑顔になった店員が言った。

何だか文句の一つでも言ってやりたい気分だったが、拓実くんは常連らしいから、あまり気にしないことにする。

ランチは、パスタが2種類とハヤシライスがあるらしい。

サラダ、スープ、ドリンクが付くというから、お得だ。

私と拓実くんはハヤシライスとコーヒー。

道明くんはカルボナーラとコーヒーを頼んでいた。

皆の食事が運ばれて、美味しいハヤシライスとサラダ、スープに舌鼓を打ったころ、拓実くんが静寂を破った。

「食事も済んだし、本題に入ろうか。
俺たちに、とりわけ理名ちゃんに、聞きたいことあるんでしょ?
浅川 深月ちゃんについて」

秋山くんは、何か辛い過去を思い出すように、ポツリポツリと話し始めた。