「すごい……」

その一言しか出なかった。

今でこそ、日本でも卓球は注目されている。

男女問わず、多くの選手が強豪国を相手にブロンズやシルバーメダルを、いくつも取っているからだ。

”卓球なんて、ただボールを打っているだけのスポーツ”

そんな程度の認識しかなかった自分を、恥ずかしくなるほどだった。

卓球って、サーブを打つのにも、どの方向に回転がかかっているかを相手に見破られないように誤魔化すテクニックが必要なこと。

卓球って、少しの緊張が3gの重さしかないボールに伝わって、ミスをしてしまうことがあること。

卓球って、プレー中の相手との距離が2.7mほどしかないから、表情や態度で心理状態が
すぐにわかってしまう。

それが、相手に悟られると点をミスを誘われ、相手の点数になってしまうこと。

意外に、メンタルが問われるスポーツだったんだ、卓球って。

拓実くんは、試合中にほとんど表情を変えることがなかった。
サーブを真顔で打つ。
レシーブも然り。

それが相手にとっては脅威に映るらしい。

拓実くんは、個人と団体戦を含めて6回は試合をしたが、個人戦は全勝していた。

しかし、ダブルスになるとコツがつかみ切れていないようで、何度かミスをしていた。

練習試合を終えて、拓実くんに声を掛けようと席を立ったときだった。

ドン、という音がしそうなほど、誰かにぶつかってしまった。

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

ちょっとぶつかったくらいでは、私のように肋骨を骨折したりはしないだろうから、
心配はないか。

けれども、どこかに怪我をしたかもしれない。

「大丈夫。
よく泣きながらぶつかってきた女の子がいたから、ぶつかられるのには慣れてるよ。

君の方こそ、怪我はしてない?」

「大丈夫、です……」

拓実くんほどイケメンではないが、それでも。
眉の上までの前髪に、耳辺りまでの長さの黒い髪。
彫りの深い、筋の通った高い鼻に、笑うと細くなる目。

アルバイトで接客業でもしているのか、口角がしっかり上がっているのが印象的だった。

「よかった」

そんな会話をしていると、拓実くんが私の座る席に来た。

「ごめんね、ずっと放ってた。
退屈だったでしょ」

その拓実くんの言葉に、何度も首を振った。

「楽しかったよ。
卓球、あまり知らなかったけれど、少し興味出てきた」

その言葉に、眩しいくらいの笑顔を見せてくれた拓実くん。

「なになに?
邪魔しちゃったかな。
付き合ってんの?
君たち」

その子の言葉に、顔から湯気が吹き出そうになった。

「まだ、そんなんじゃ……」

「いずれは付き合うんだろ?
いいよなぁ、
俺も、他校の生徒と気軽に会いたいわ。

あ、俺、今日、君の高校と練習試合させてもらった、
私立クレー姉妹舎高等学園に通う、秋山 道明(あきやま みちあき)っていいます。
今日は友人の応援で、ここに来たんだ。
よろしく」

変なネーミングセンスの学校だなぁ……
白いブラウスだけれど、ボタンダウンになっている。
スラックスは、ネイビーだが、うっすらグレーのストライプが入っている。

制服も、あまりカッコいいとは言えない。

「道明くん、だっけ?
強いな、君の高校。

君たちにいつかちゃんとした試合で当たったときに、勝てるようにしないとね」

「楽しみにしてる」

そう言ったあと、道明くんは私のほうに目線を

移して、言った。
その瞳は、私を通して、どこか別の次元を見ているような、寂しそうな瞳だった。

「正瞭賢高等学園の制服、か。
確か、知り合いが行った気がする。

浅川深月って、知ってる?」

彼の口から出てきた意外な名前に、私と拓実くんは、お互いに大きく開いた目を見合わせた。

知り合いも何も、彼女には、私はとりわけお世話になりっぱなしだ。

「立ち話もなんだから、場所を変えようか」

そう言って、拓実くんと道明くんはちゃっかり連絡先まで交換していた。

「この学園を出て、駅の方に行くと、こじゃれたカフェがあるんだ。

そこ、ウチの学園の軽音楽部がたまにライブをしたりするから、ライブについての貼り紙があるんだ。

だからすぐにわかると思う。
先に、2人でそこにいてくれるかな。
俺は、着替えてから行くから」

着替える、という言葉で、拓実くんのあられもない姿を想像してしまって、顔を真っ赤にして俯いた。

「じゃあ、また後でね、理名」

彼は、私の頭を数回撫でた後、道明くんの耳元で何かを囁いてから、手をひらひらと振って
去っていった。