「理名ちゃん、覚えてる?
宿泊学習の前の、健康診断の日のこと」

彼女からそう問いかけられても、咄嗟には思い出せなかった。

ここ数日の間に、いろいろなことが起こりすぎて、そんな記憶など遥か彼方に追いやられている。

何かあったっけ?

「理名ちゃん、検査着に着替える時に、得意気に話してたよね?
なぜ、ブラジャーを着けてレントゲン検査を受けちゃいけないか」

そういえば、そんなことを話した気がする。

「その時よ。
その時、ひそひそ話をしている女子グループがいたわ。

上から目線でムカつくとか、得意気に話してんのウザいとか。

それで、もしかしたらって思った。
何かのきっかけがあれば、そういう、特定の人への不満は爆発する。

そのタイミングは来てしまった。
予想外にね。
しかも、速すぎるタイミングで」

そこで、1度深呼吸をした深月。
再度話し出す。

「それが、あの日よ。
理名が保健室で寝ている時に、拓実くんがウチの高校に来た日。

他校の生徒が、自分達が僻んでいる人に好意を向けている。

しかも、その他校の生徒は、ウチの高校の生徒の男子たちよりイケメンときたら、面白くないわよね」

言葉を継いだのは、麗眞くんだった。

「近いうちに、理名をターゲットにいじめが起きるかもしれない。

それを、理名ちゃんが熱を出して、拓実くんを俺の屋敷に呼んだあの日に、深月ちゃんが教えてくれたんだ」

そういえば。
思い返してみると、あの日、麗眞くんの姿を見かけなかった気がする。

「最初は電話で話したんだけどね。
埒があかなそうだった。

だから、拓実くんと話したいことがたくさんあったであろう麗眞くんに無理を言って、私の家に来てもらったの。

それに、皆にも知っておいて欲しかったから琥珀ちゃんも呼んだわ。

学校全体を巻き込むものになるって予想はついていたから。

理名と拓実くん以外は、全員、覚悟と警戒はしていたのよ。

いつなんどき、どんないじめがくるのかは、わからなかったから」

そんなことは、全然知らなかった。

皆が話し合ってる中、能天気にドキドキしっぱなしな夜を過ごしていたことになる。

そんなことは知らないままに、拓実くんとの妄想をして、少しでも一緒にいてもらうにはどうしたらいいか、華恋や深月に相談しようと思っていた。

急に、自分が惨めに見えた。

「理名!?」

瞼が熱い。
悲しい訳では無いのに、涙が止まらない。

誰かの温もりがした。

柑橘系の香水の香りではない。

甘い香り。
バニラか。

深月が、泣きじゃくる私の頭を優しく撫で続けてくれたのだった。