ボーっと、普段は見ないTVなんて観たりしながら、入院生活を送る日々が続いた。

着替えは、私の家と好みを知っている凛さん。
彼女が業務の合間に、父の車に同乗し、持ってきてくれる。

父も、見ず知らずの人が入るより、気が楽なようだ。

レンタルのパジャマでもよかったのだが、凛さんが気をきかせてくれた。
Tシャツや下着まで、気兼ねなく揃えておいてくれたので、ありがたかった。

さすがに、同じ学校の友達が来るのに、レンタルパジャマではダサい。

それに、身体を怪我したのなら仕方がない。
けれども、包帯が巻き付いているのは頭だ。

こういう時は、少し洒落たものを着てもいいのではと思っていたところではあった。
持ってきてくれるだけ、ありがたい。
わがままは言うまい。

高校の親友たちが持ってきてくれた、ノートのコピーにも、目を通し終えた。
さすがに、教科書がないのに、予習復習なんて芸当が出来るわけがない。

鞄に入っているのは、数学と国語と英語の教科書なのだ。
数学くらいはやっておくべきか。

いや、こういう時くらいはゆっくり休むのが入院生活というものだろう。

そう思って、テレビリモコンを手に取り、電源を入れる。
たまたま画面に映った歌番組に、何の気なしに目線をやる。

ええっ!? 

驚きの声が出てしまい、慌てて口を自分の両手で塞いだ。

見知った顔が、サングラスの司会者に紹介されて、コメントを喋っていた。
あれ、宿泊オリエンテーションの壇上で、見た顔だ。

高校生だという息子がいかに真面目で、いかに『高校生らしくないか 』を喋っていた。

なぜだろう、そのエピソードはとても聞き覚えがある気がする。
隣にいた男性2人が、続けざまに話す。

「うちの息子もレンと一緒の高校なんだ。
しかも同じクラスみたいで。

母の影響で心理学なんて学んだもんだから、世話焼きというか、変なことに気付くんだよね。

知らない間に反感買ってないか心配です」

なんでだろう、茶髪に黒のメッシュが入った男性がエピソードを話す。
このエピソードの子って、まさか深月?

ってことは、まさか、この人が深月のお父さんなの?
そして、極めつけは、深月の父親らしき男性の隣の黒髪の男性。

「俺のとこは、レンやまーさんの子供たちとクラスは違うんですがね。

まぁ、その話は置いておいて、母親の影響でピアノも得意でそこだけは女の子らしいんです。

でも、料理はイマイチだし、しまいには俺が主演した映画でのアクションを見たせいで、やりたくなったらしくて。

俺と一緒にジークンドー習い始めましたよ。
困ったもんですよ、ほんとに」

ピンときた人がいた。
もしかしなくても、あの宿泊オリエンテーションの時に、スープカレーを試食させた彼女ではないか。

しかも、改めてテレビ画面を観ると、そろいも揃ってイケメンだ。

彼ら3人の隣にいる男性2人も同じく。

なんか、麗眞くん、深月、琥珀ちゃんの父親たち、キラキラしてるなぁ。

「あら、珍しいわね。
理名ちゃんがそんなの観てるなんて。

ちなみに、その人たちは、麗眞くんのお父さんと、琥珀ちゃんのお父さんの弟さんよ?」

凛さんの声に、つい、声を上げて振り向いてしまった。

「私、弟くん2人に母性本能くすぐられるからお気に入りなんだけどね」

凛さんの情報なんて耳に入らなかった。

神様って、不平等すぎない?
こんなに美男美女家系にするなんて。

結局、彼らが歌番組のセットに移動して披露する歌と踊りに、見入ってしまっていた。
私、すごい人と親友になっちゃったなぁ。

そんな思いしか、湧いてこなかった。


「なんか、たまたまチャンネルが合ってたから観ていたんですけど。
なんか、すごい人を親友に持ってしまった気しかしないです」

「そうなの?
でも、父親がどんな人であれ、貴女が親友って判断したならそれでいいんじゃない?

まだ万全じゃないんだから、寝てなさい。
明日で退院よ?」

凛さんに促され、眠るしかなかった。
というか、それしかやることがないのだ。
こんなんで、テストでいい成績、取れるのかなぁ。

携帯電話は使えない。
拓実くんから連絡が来ていたらどうしよう。
心労はつきない。


……寝付けるはずもなかった。
こういう、心がもやもやしている時は、寝てはいけない。
大抵、寝覚めの悪い夢を見るから。

しかもそういう時の夢は、正夢になる確率がどういうわけだか高いのだ。

でも、寝ない訳にはいかなかった。

見覚えがある制服。
拓実くんと同じ高校だ。

私に用があるという女の子は、私に付いてこいと目で合図する。
どこかの古びた倉庫。

「アンタみたいな真面目ちゃん、拓実には似合わないんだよね。

永遠に、この世から存在を消してあげる!

アンタみたいなスタイルよくない幼児体型の女のどこに惹かれたのか分かんない。

だからこそ、ムカつくの!

しまった。
この人、もしかして、拓実くんの前の彼女さんか。

「ゴホッ……」

突然、お腹に受けた衝撃。
どうやら殴られたらしい。

立て続けに、もう1発。
鳩尾あたりにヒットしたそれは、一瞬私を呼吸困難にさせる。

「コホッ、ごほっ……」

「ほら、立てよ!
たった2発じゃ、私の怒りは全く収まんないんだけど」

「幼稚だね、気に入らなかったら暴力?
順当に、身体だけ年相応に発達してるけど、心の発達が追いついてないんじゃないの?

だから愛想尽かされたんじゃない。

そんな当たり前のことも分からないなんて、頭も弱いのね」

私の親友のように、言い返してみる。
すると、前の2発よりも強い衝撃をまともにお腹にくらった。
こみ上げてくる吐き気と闘いながら、お腹を抑えて蹲る。
もう1発、今度はお腹に蹴りを喰らって、冷たい床に赤い液体が吐き出される。

あばら骨にひびが入ったか、骨折か。

また入院生活だろう。
しかも、今度は頭に包帯では済まない。

固定バンドで固定されながらの生活だ。
そこまで頭が回ったのが不思議なくらい。
周りの景色は霞んでいたし、痛みで1歩も動けなかった。

パトカーのサイレンか救急車のサイレンか。そんな音が聞こえた気がした。
誰かが正確な位置で、私の手首で脈をとっている。

誰? 
知った茶髪が見えたところで、意識はそこでぱったりと途切れた。


「……ちゃん!
りなちゃん!
りなちゃん!!」

ゆさゆさと、強い力で何度も身体を揺さぶられる。

「朝ご飯の時間よ?
持ってきたから、起きて食べなさい?」

凛さんの声だ。

また、しょうもない夢を見た。
まぁ、また寝ているよりはマシだ。

もう、嫌な夢を見ることもない。
ゆっくりと身体を起こした。