夢を見た。

アミューズメント施設でのアクティブデートで無理をしすぎたらしい。

風邪がぶり返してしまい、父が開業医だという拓実くんの家で診察まで受けて、寝かせてもらっているというものだった。

ベッドの下に無造作に敷かれた布団には拓実くんが寝ていた。

今、身体を揺り起こしているのは……

「……な、……な!
理名、理名ってば!」

見知った制服に、長い黒髪。
後ろには、カールした茶髪も見える。
美冬に、椎菜か。

「よく寝てたねー?」

椎菜も、ノートのコピーが入っているらしいクリアファイルを見せながら、にこやかに「おはよう」と言ってくれた。

「おはよ……」

というか、もう朝じゃない、夕方だけどね。

ふと、保健室から広すぎる高校のグラウンドを見渡すと、校門の近くに何やら人だかりが出来ていた。

保健室の扉が、カチャ、と開いた。

姿を現したのは麗眞くんだったが、彼からの言葉は、私を驚かせるには、十二分に威力のあるものだった。

「あのさ?
他校の制服着た、背の高い男の子がいるんだけど、誰かの知り合い?
あの制服、相沢が調べた覚えがあるらしいんだけど」

近くに置いた私の携帯電話のランプが点滅を繰り返していることに気付いた。

メールが来ていたので、何の気なしに開いてみる。
そこには、驚きの文言が書かれていた。

『理名ちゃんのお友達から、理名ちゃんが微熱出して保健室で休んでるって聞いたけど、大丈夫?

あの日、遅くまで付き合わせちゃったから、そのせいだったらごめん。

罪滅ぼしじゃないけど、まだ今日は学校終わるの早かったから、理名ちゃんの高校の場所聞いて、近くにいるんだ。

他校の制服着てると好奇な視線があちこちから飛んできて怖い』

慌てて、その画面を皆に見せる。

「ってことは、あの、校門近くの女子の人だかりって」

「桐原 拓実くん!?」

「ってか、そんなに心配?
学校まで来るか?
とにかく、相沢に電話するわ」

俺より過保護かもな、と呟いて、スマホを耳に当てる麗眞くん。

彼をよそに、美冬は忘れてた、と言わんばかりにスクールバッグを私のベッドの脇に置いた。

「理名の荷物。
これがなきゃ帰れないぞ?」

「美冬、ありがとう」

「どういたしまして」

通話を終えたらしい麗眞くんは、その例の人を彼が運転するリムジンに乗せるように指示をしたらしい。

「とりあえず校門近くまで向かってみよ」

椎菜の一言で、私を一番後ろにして、保健室から昇降口に向かった。

1オクターブほど高い黄色い歓声が、ここからでも聞こえてきた。

「親父、いつもあんな歓声、聞いてるんだな」

何の気なしに呟いた麗眞くんの肩に、同情の意を込めて手を置いた深月。

彼女の父も、そういえば芸能人だったな。

「まあ、そりゃ、めったに他校の生徒なんて来ないからね、こんなエスカレーター式の中高一貫校は特に」

そういえば、この学校って……中高一貫校だっけ。

中等学園の校舎は離れているから、全く意識していなかった。

校門まで来る。

制服を着ていても私は分かりやすいのか、真っ先にリムジンのドアを開けて外に出ようとする拓実くん。

有無を言わさず、麗眞くんが私と一緒に乗り込んだ。

麗眞くんは、椎菜や美冬に何も言わず、相沢さんに向かって頷いた。

リムジンは、彼女たちを置いて、校門前から走り去った。

「麗眞くん、いいの?
椎菜と一緒に帰らなくて……」

「理名ちゃんが寝てる間に、今日は悪いけど一人で帰るか、あるいは美冬ちゃんか誰かの家に泊まれって言ったから大丈夫」

拓実くんに一度、鋭い視線を向けると、いつになく低い声で、こう言い放った。

「分かる?
君がどんなに勝手な行動したか。

ああいう騒ぎになると、学校の近所からも苦情が来るわけ。

他校の制服着てる人なんて、この辺りはめったに見ないから、皆物珍しがるし。

……君が心配してる彼女にも、迷惑かけたのは分かってるよね。

あんなに人だかりが出来ている中、少なからず風邪をひいている疑惑のある彼女を通らせて、

他人に風邪を移しても迷惑になるしさ。

両親が医者なら、それくらい分かってるはずだと、思ってたんだけど。

俺が、君を勝手に買いかぶりすぎただけだったのかな?」

少し、眉間に皺を寄せた拓実くんも、臆することなく麗眞くんの目を見据えて言う。

「ねぇ、君さ、なんなの?
いいとこのお坊ちゃまだか知らないけど、人を勝手に買いかぶるなっつーの。

会って数秒で人を評価するなんて、どうかと思うけどね。

俺は、君たちみたいにまだ仲がいいわけじゃないから、会うとなったらこういう手段を使うしかなかったの。

高校の場所は、知ってたし。
理名ちゃんの家を知っていたら直接行ったよ。だけど、そこは知らないし」

その反論を聞いて、薄く笑った麗眞くんは、ひと呼吸おいて、続けた。

「やり方ってものがあるだろ?
物事には順序があるんだよ。

いろんな手順すっとばして物事遂行しても完遂したことにならないの。

結果も、確かに大事ではある。
けど、一番大事なのはプロセスだと思ってるんだよね、俺は。

だから、いきなり校門前に訪ねてくるより、君は理名ちゃんの友達とも繋がってるじゃない?

まず話を通してほしかったんだよね。

そうすれば、俺も、君に対して、さっきみたいにキツイ言い方しなくて済んだ。

それに、このリムジン、校舎内の敷地も自由に走行できる許可証貰ってる。
だから、君を乗せて保健室の前で乗り付けることは可能だ。

理名ちゃんを何の障害もなく車に乗せることだって出来たはずなんだ」

言い終わるや否や、拓実くんに頭を下げた麗眞くん。

「ごめん、キツイ言い方した。
傷つけたなら謝るよ。

この流れで言うのもおかしいけど、さ。
俺、名前を宝月 麗眞っていうから。
よろしく」

「いいえ、こちらこそ。
まだ、君みたいな、大人びた考え、出来ないけどよろしく。

桐原 拓実です」

遠のく意識の中で、少しだけ、相沢さんがミラー越しに微笑んだのが見えた。