翌朝、いつも通り起きて朝食を胃に流し込む。

電車に乗って学校へ向かった。

昇降口で上靴に履き替え、教室の前で足を止めてドアを開ける。

「おはよう!」

ドアを開けると、困った様子の椎菜がいた。
周りにいるのは、華恋や美冬、深月。

いかにも、色恋沙汰が好きそうな3人だ。

「で?
で?
どうだったのよ」

「どう、って、言われても……」

私は、椎菜にも挨拶をしようとして、彼女のいつもとは違う異変に気づいた。
彼女は、いつもブラウスのボタンを1つだけではなく、2つは開けている。

そんな彼女が、ボタンを一番上まできっちり留めているのだ。

「苦しくないの?
椎菜。
開ければいいじゃん」

私がそう言うと、絶対に開けまいと鎖骨付近を手で抑えた彼女。

その眼差しは、いつもより鋭い。
……それで何かを勘づいたのだろうか。

美冬、深月、華恋が無理やり、ボタンを外させた。

それを見た彼女たちは一瞬、口をあんぐり開けたが、すぐに微笑みに変わった。

「麗眞くんとよろしくやってたんじゃない。
もう、椎菜ったら、なんで言わないのよ」

「ああ見えて椎菜の彼氏さん、独占欲メチャ強なのね」

「それ、もう皆知ってるけどね」

皆の会話も、私には何を話しているのかさっぱり分からなかった。

おはよう、という声とともに、野川ちゃんが眠そうに目を擦りながら教室に入ってきた。

「色恋沙汰に興味無い2人が揃ったところで、ここらで白状しよっか、椎菜。
麗眞くんと最後までシたんでしょ?
未遂じゃなくて。

ついでに、恋人未満じゃなくて、ちゃんと恋人になったんでしょ?」

華恋の問いかけに、ゆっくり、でも確実に首を縦に振った彼女。
ふえ?
と、いうことは……

「麗眞ったら、もう。
シルシは絶対見えるところにはつけないでって言ったのに。
目立つトコロに残してくれちゃって。

きっと私が寝てる間につけたのよ、これ。
もう、ありえない」

そう言いながら、ブラウスのボタンを元のとおり閉めた椎菜。

噂をすれば、という華恋の声が聞こえた。
振り返ると、教室のドアを静かに開けて麗眞くんが入ってきたところだった。

「おはよ、麗眞」

椎菜がそう問いかけると、麗眞は彼女に笑い返して朝の挨拶をする。

「ったく、朝から問い詰めるなよな。

ホント、女の子って、他人のそういう事情には食いつくよね」

「だって気になるもん。

何ラウンドまでいったのか、とか、椎菜から見た麗眞くんのテクニックとかさ。

見かけによらず激しかったり?」

「ったく、朝からお前らはなんて会話をしてるんだよ」

麗眞くんの隣の椎菜ちゃんは、耳まで真っ赤にしている。

麗眞くんが登校してから10分ほどでチャイムが鳴り、いつものHRを始めるというセリフとともに担任が入ってきた。

「あれ?
麗眞くんにしては、ギリギリだったね。
いつも8時には来てるのに。
めーずらしい」

「……相沢が気づかなかったら、危うく遅刻してたわ。
曜日感覚なかった」

気付いたのは、本当は相沢さんではなく、椎菜なのではないかという、喉まで出かかった疑問を飲み込んだ。

麗眞くんが椎菜の頭を撫でたのを見届けてから私も席についた。

いちゃついてるねぇ、朝から。


朝のHRを終え、ルーズリーフと教科書、ペンケースを英語の授業が行われるクラスに向かう。
席につくと、朝聞いた話と宿泊学習の時のハジメテに関する話を思い返す。

自分も拓実くんとそうしているところを妄想してみる。

そうしていると、授業もろくに頭に入ってこない。
終始、ボーっとしていた気がする。

昨日も拓実くんと会っていたから、予習なんて全くしていない。
当てられなくて、心底ホッとした。

チャイムと同時に先生が教室から去って、休み時間となった。

ずーっと考えていたのに、頭の中にそんな映像は浮かんでこないままだった。

すると、下腹部に鋭い痛みとあたたかいものが降りてくる感覚を感じた。

床にうずくまりそうになるのを耐えながら、教室に戻る途中にあるトイレに駆け込む。

そんな私の様子に気付いたらしい椎菜と深月も慌てて私の後を追ってきた。

「朝から思ってたけどさ。
理名、顔色悪いよ?大丈夫?」

「だいじょうぶ。
朝からお腹痛いだけ」

悪いものは食べていない。
少し薄気味悪かった。

「ね、理名。
腹痛って、もしかして、さ」

何かを勘づいたらしい深月が私の手を引いて強引にトイレの個室に入る。
ちょ、え、一緒に入るの?

下着を半ば強制的におろされた。
え、ちょ、恥ずかしいって……

ショーツの布地に、見慣れない赤茶色の染みが出来ていた。
なに、これ?

頭が真っ白になった。
ヤバイ病気だったらどうしよう。

透明な、白っぽい液体が付着していたことは何度かあった。
だけど、これは初めてだ。

「大丈夫、病気じゃないから。
私たちの年代なら、ほぼ全員、ひと月の間に1週間、これと付き合う羽目になってるし」

深月はそう言い切って、ブレザーのポケットからポーチを出した。
ポーチの中から個装ラップに包まれたものとショーツを出した。
器用に個装ラップから取り出した何かをショーツにつけて私に寄越す。

「それ履いとけばとりあえず大丈夫だから。

さ、詳細が知りたいでしょうから、伊藤先生のところに放り込んでおくわよ?

先生には、腹痛ですって言っておくから安心して」

私を、地下1階にある保健室の伊藤先生のところに放り込んでから、彼女たちは授業に戻った。

「びっくりしたでしょ?
そりゃ、医者志望でもビックリするわよね。

いきなり、だもの。
貴女は母親を亡くしてるんだものね。

父親しか家にいない状態じゃ、そんな話できないしね……

あの子たちも、よく気づいたわね。

まったく、たいしたもんだわ。

それは貴女も、だけどね?
理名ちゃん」

「わたし、が?」

 なぜそこで、私の名前が出てくるのかさっぱり話が見えなかった。

「貴女の、宿泊オリエンテーションでの、椎菜ちゃんや美冬ちゃんへの迅速な対応、担任の先生が感嘆してらしたわ。

普通の人なら、ここまで出来ないしやらないって。
母親の背中を見てきただけあるわね?」

人から、めったに褒められた記憶のない私。

脳内に褒められたらどう返すかなんて分からなかった。
だけど、昨日会った彼を思い浮かべると、素直に口が動いて言葉を発した。

「ありがとうございます」

それを見て、伊藤先生は一瞬だけ目を丸くしてからにっこり微笑んだ。

「何かいいことあったみたいね?
理名ちゃん」

私は、昨日のことを伊藤先生に話した。

「なんかいいわね、理名ちゃんも、椎菜ちゃんも。
青春、って感じ。
私も戻りたいわ」


サラサラな茶髪ロングの髪を耳に掛けながら言う伊藤先生。

「先生なら、この学園の制服着ても違和感ないはずですよ」という喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

正しい年齢は分からないが、40歳代だろう。
その年代の女性にしては、童顔だ。

それでも、胸はそれなりに白衣の上からでも主張しているし、髪を耳にかけたときの仕草からも、色気を感じる。

彼女の周囲の男が放っておかないだろう。

そんなことを、考えたからなのか。
ふいに、伊藤先生と私の父が密会している映像が頭に浮かんできた。

それを必死に頭から消す。
先生に勘づかれないよう、まだ体調が万全じゃないので寝ますと言い、純白の白いベッドに潜り込んだ。