「美冬、大丈夫なのかなぁ」

ポツリと、自分の後ろから呟きが聞こえた。

「あ、そのことなんだけどね……?」

 椎菜ちゃんが、私を手招きして、麗眞くんからのメール画面を見せた。
そこには、こう書かれていた。

『夕食の時間、その、美冬ちゃんを俺のところに連れてきてほしい。
いつもの皆には、美冬ちゃんは先生に呼び出されたとか言ってよ。
本当は、先生じゃないけどね』

そんな文言が書かれていた。

「なるほどね。
やっぱりそうだったんだ。
そうだと思ってたけど」

華恋ちゃんが、分かったような口ぶりでそう言うから、彼女の次の言葉に私を含めた皆の注目が集まった。

「ほら、漫画とかでよくあるじゃない?
先生が呼んでるからって言って、実は呼び出したのは好きな人で、みたいなやつ。
きっと今回もそれよ。

こうするように仕向けたのも、きっと麗眞くんじゃない?
椎菜だけにメールしたのもうなずけるしね」

少女漫画なんて全く読まないから分からないけれど、きっとそういうものなのだろう。

「ってことは、今、美冬が会ってるのって、その賢人くんなの?」

それを肯定するように、椎菜と華恋が力強く頷く。

「とりあえず、部屋で待ってようか」

皆で美冬の帰りをしばらく部屋で待つ。
先程までとは打って変わって顔を真っ赤にした美冬がおずおずとドアを開けて部屋に入ってきた。

「美冬?
大丈夫だった?
どうかしたの?」


美冬の口から出てきた言葉は、私たちの口をあんぐりさせるにはもってこいだった。

「あのね、賢人に、美冬がその、今の男のこと本当に好きなら仕方ないけど、そうじゃないなら今の男から奪うって言われたの。

その男、康太《こうた》っていう名前なのよ。塾内でも何股もかけている相当な遊び人として、噂立ってたんだよね。

たまたま、私と同じ塾だった男の子とレクリエーションで仲良くなったから、その時に聞いたって。

そんな男は美冬には合わないって。
昔の約束も忘れてるわけないって……!
どうしよ、華恋、椎菜!
私、どうしたらよかったの?」

「どうしたらよかったって!
美冬、アンタまさか、その幼なじみくんに何も言わずにこの部屋戻っちゃったの?」

小さく首を振った美冬に、見かねた椎菜が優しく彼女の頭を撫でる。

「まずは落ち着いたらでいいからね?
ちゃんとあった事実だけを話して。
美冬が落ち着くの、ゆっくり待ってるから」

彼女はしばらく椎菜の胸に顔を埋めていた。
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。

「今は、何を言えばいいかわからないから、明日には返事するって、それは言った。
賢人は、わかった、って」

「そっか。
ちゃんと言ったのね。
向こうも、美冬が混乱してることは分かってると思うの。
だから、ちゃんと待ってくれるよ」

「美冬としては、その幼なじみくんのこと、ちゃんと好きなの?」

「待った、華恋。
そこまで言うのはまだ先だし早すぎる。
美冬はまだ混乱してるんだよ?
ここは一人にしてあげよ?」

深月のその言葉で、部屋から出た。

タイミングを見計らったように、椎菜の携帯が鳴った。
麗眞くんからのようだ。

『無理もないけど、本人もすっごい混乱してるところ。
だから1人にしてる。
え?
わかった、じゃあ行く。
せっかくだし皆も連れて』

椎菜が電話を切った。

「麗眞が今から男子部屋に来ない?
だって。
暇だし、気分転換に枕投げでもしようって」

椎菜の提案で、男子グループの部屋に行くことになった。
椎菜が男子部屋のドアを開けると、麗眞くんがお出迎えしてくれた。

麗眞の彼女さんか。などという声に、彼が彼女じゃないから、と答えていた。
きっと照れ隠しなのだろう。

「……」

浮かない顔で部屋に入った椎菜に続いて、私たちも部屋に入る。

「ってか、高校生にもなって枕投げって。
ガキっぽー」

不満を漏らした野川ちゃんに、そういえば、と陽花ちゃんが言う。

「何かのテレビでやってたけど、枕投げの大会があるんだって」

「え、マジで?」

「うん」

「まさか、麗眞、それをやるんじゃ……」

「椎菜にはバレたか」

どうやら、ルールはドッジボールのようなものらしい。
相手が枕に当たったらアウト、大将が当たったらゲーム終了。

メンバーが持てる布団で相手チームの枕攻撃をブロックできるようだ。
このゲームには、奥の手があり、各チームが一度だけ言える「先生来たぞー!」コールで相手のチームは10秒間、寝たふりをしなければならない。
そのすきに、そのコールをしたチームは寝たふりをしているチームの枕を全て回収できる。

しかし、残り30秒になるとブロックするための布団が使えなくなるらしい。男子チームのハンデとして、全員利き手とは逆で投げてくれるという。
勝敗は、例のコールの使い時になりそうだ。

男子はやはり利き手とは逆で投げるからなのか勢いがない。
ほとんど布団でブロックできる。
しかし、油断とは怖い。
華恋が落ちていた枕に足をひっかけて転んだ。
その隙に、相手チームの枕がヒットした。

「今の大人げない!
サイテー!」

ヤジが飛ぶ中、先生来たぞコールが麗眞くんからあった。
え、なにこれ。
リアルに先生来た?

外からドンドンとドアを叩く音が聞こえる。
仕方ないから寝たふりをして、おとなしく枕を取られる。

男子チームに軍配が上がった。

ドッジボールで強かった陽花や心理学の知識がある分、相手を翻弄出来ると思われた深月があまり活躍できていなかった。

「うわ、悔しー!」

「今度絶対リベンジする!」

などと言っていると、リアルにドアを叩く音が聞こえる。

「作戦成功だな。
さっきのはフェイクだよ。
今は誰も壁際にいないだろ?」

壁を叩いていたのは美冬の幼馴染くんだったようである。
茶色い髪色と背の高さが相まって、女遊びが派手そうに見えなくもない。

でもきっと、その見た目に反して、小さい頃から美冬一筋なのだろう。

その暗めの茶髪が、例の拓実くんと被って見えたということは、私の胸の内にだけ秘めておくことにした。

「こらー!
もうすぐ就寝時間だぞ?
いつまで騒いでる!」

担任の声だ。
本当に先生がきた。
笑えない。

「やば!」

女子たちは皆、手近なカーテンの裏や押し入れの中に隠れたり、布団に潜ったりした。
それを男子たちがカモフラージュするという見事な連携プレーだ。

「まったく、明日も早いんだ。
帰りのバスの中で寝るなよ。
早く寝ろよ?」

担任が鈍くて助かった。
出て行って、足音が遠くなったのを確認してから各々が隠れた場所から出てきた。

しかし、椎菜は顔を真っ赤にしている。
麗眞くんに何か言われたかされたか、なのだろう。
部屋に戻って、彼女を問い詰めることにしようか。
ふと見まわすと、美冬の想い人である幼馴染くんがいないのだ。

「宿泊オリエンテーションのしおり持って部屋出てったから、きっとその、未来の彼女さんのところじゃない?
1人にしておけないんじゃないかな。

自分があんなことを言ったから、彼女を混乱させたっていう罪悪感が、少なからずあるんだと思うし」

麗眞くんの言葉に、妙に納得してしまって、部屋に戻るのは少し後にしようと思った。

彼がいれば安心だろうと思ったことが間違いだったなんて、もっと早くに気付くべきだったのに。

その時の私も皆も、安心しきっていたんだ。