麗眞くんが、きちんと椎菜ちゃんにブルゾンを着せてから、抱き上げて車から降りた。

それと同時に、美冬ちゃんや華恋ちゃん、2グループの班員の皆、担任の先生が、一斉に駆け寄った。


「宝月、大丈夫なのか?
矢榛の容態は……」


「ただの風邪による発熱のようです、ご心配には及ばないと考えていただければ」


「そうだな、すまない…」


相沢さんに頭を下げる担任の先生という構図は、なかなか見物だった。
こんな時でなければ、思い切りみんなで声をあげて笑っていただろう。


「とりあえず、俺は彼女を部屋に運びます」

「ああ、そうだな。
養護の先生の部屋でいいだろう」

担任が麗眞くんの前を歩く形で先導するのをただ見つめることしかできない。
ロビーに取り残された形の私たちは、相沢さんに話しかけていた。

「なんでここにいるんですか?
相沢さん」

「おや、直球勝負で来ましたね。
私は麗眞坊っちゃまの執事ですから、坊っちゃまの行くところ、どこでも行くのです。

何か、坊っちゃまがヘルプを要請してきた際は駆けつけます。

それが私の職務ですので。
すぐに駆けつけられるよう、近くのプリンスホテルにおりました」


皆、二の句が継げないようだった。
無理もない。
麗眞くんがお坊ちゃまだなんて、執事までいるなんて、ここにいる皆にとっては漫画かテレビドラマの中の世界なのだ。


「すごーい!!」

「やっぱり、スイートルームばっかりなのかな?」

「……」


「ってか、執事さんって、身の回りのこと、何でもやってくれるんでしょ?」

「私も執事さん、欲しかったわー」



皆は口々に、仲間が体調不良で倒れたというのに、好き放題にごたくを並べていた。

そして、皆、普通に相沢さんと話してるし、相沢さんも馴染んでいる。

執事さん、おそるべし……


そんな会話が繰り広げられる中、深月ちゃんと美冬ちゃん、華恋ちゃんだけは、違った。

「理名ちゃん、椎菜ちゃんに何か言われたんでしょ?」


「なんで?
そんなことないよ?」


「目がしょぼしょぼしてるし、泣くまいと瞬きしてるでしょ?」

「残念、身体は正直だね。
まつげが濡れてきてるよ?」

「……全身も震えだしてるし。
ここで泣いても、誰も理名ちゃんのこと悪く言わないし、迷惑なんかじゃないよ?」


ロビーに淡々と響く女の子3人の声は、相沢さんへの皆の興味をこちらに向けさせるには十分だった。
そっと相沢さんが私の肩を抱いた瞬間、悲しい思いがこみ上げてきて、涙のダムが一気に切れた。


人前で泣いたのなんて、母の葬儀の日以来だった。
涙の量は、あのときのが多かった。
しかし、わぁーっと泣いたのは、今日が初めてだった。


「よしよし、落ち着いた?」


ひとしきり泣いた後の、深月ちゃんの言葉に頷く。
相沢さんが、一度ホテルを出たかと思うと、トランシーバーのような大きさの機械を持って戻ってきた。


「こちらを使って、会話を分析し、椎菜さまと理名さまの居場所を探らせていただきました。

赤外線センサー、声紋分析機、録音機がドッキングした機械でございます。

販売もいたしておりますので、ご用命は宝月家まで。
お知り合い様は、特別価格で半額の1万5000円でございます。

まだ一部始終を言葉にするのはお辛いでしょうから、こちらを皆さんにお聞かせすることにしましょう。
では、再生いたします」


相沢さんがその機械の再生ボタンを押すと、あの時の私と椎菜ちゃんの会話が、鮮明に聞こえてきた。
また涙が零れそうになるのを、ぐっとこらえる。

「なるほど、椎菜ちゃんは、本気で好きなのね。彼のこと」


「誰にでも優しすぎるのが一番、問題だけどね」

「そんな中、見ちゃったんだもんね。
グループ内とはいえ、自分の大好きな人が友達の女の子を抱きしめてるとこ。
そりゃ、ショックよねー」


「なんで、野川ちゃんがそれ知ってるの?」

「あ、悪気はなかったの、ごめんなさい!」


 ぺこりと私の前で体を2つに折った野川ちゃん。
先程までの眠そうな表情ではない、意志の強い黒目が私を射抜いた。

どうやら、眠すぎて気持ちを切り替えようと顔を洗いにお手洗いに立った時、偶然、麗眞くんの腕に囚われる私を見てしまい、メンバーに言ったらしいのだ。

そこから、椎菜ちゃんの耳にも入ってしまったらしい。
彼女が知っていたのもうなずける。

「理名ちゃんも、変に勘違いしちゃうよね、恋愛経験ないと余計に」


皆が、口々に感想を言う。


「理名ちゃんは、確かに麗眞くんのことがほんの少しだけ気になってた。
だけど、彼に直接、友達だって言い切られて吹っ切れた。
ってこと、だよね?」


深月ちゃんがまとめる。


「うん」

皆が、私を輪の中心に入れると、順番に肩に手を置いてくれた。