白黒ブロックチェックのベッドカバーをめくると、ブルーのシーツが顔を出した。
ここまで私好みなんて。
ここに入って眠るのがもったいないくらい。
いっそのこと、寝ないでおこうかと思うくらいだった。
ちょっと嬉しくなりながら、椎菜ちゃんが奥のベッド、私が手前で寝ることにした。
椎菜ちゃんは、たまに怖い夢や、逆に嬉しい夢を見たとき、ついベッドから落ちることも多々あるらしい。
彼女がベッドから落ちて怪我でもしたら、彼女に惚れている彼は、心配するどころでは済まないはず。
話題はやはり、椎菜ちゃんのことだ。
私に男っ気なんて微塵もないため、それくらいしか話題がないのだ。
「椎菜ちゃんってさ、いつから好きで、どこが好きなの?
麗眞くんのこと」
気になるのは、やはりそこだ。
「聞きたい?
えっと、説明複雑なんだけど……大丈夫かな。
私の両親と、麗眞の両親同士が見知った仲なんだ。
私が小学生の頃まで、夏休みに麗眞の両親と、その顔見知りたちは、大所帯で別荘に招待されたのよ。
グアムにある、宝月家が管理する別荘にね。
そこで食べて飲んで温水プールに入って、バカ騒ぎしてたのよね。
その輪の中に深月の両親もいたの。
クラスは違うけどもう一人、知り合いの女の子がいるけど、その子の両親も。
あ、ごめん、話戻すね。
私の両親が仕事で忙しいときは、『麗眞くんと遊んでいるといい』って、両親に麗眞の家まで連れられたものよ。
その当時からよく一緒に遊んでたの。
ある時、私が気に入ってよく被ってた麦わら帽子が風で飛ばされて木に引っ掛かっちゃったことがあったわ。
そのとき、麗眞は木に難なく上って取ってくれたのよね。
その時よ。
……麗眞に一目惚れしたの。
それから何かにつけて一緒にいるし。
麗眞と一緒にいたい、っていう不純な理由で中学も高校も選んだくらいだもの。
麗眞曰く、私は危なっかしい、ほっとけない女の子なんだって。
だからかな?
その時から、私に対して過保護なんだけどね。
今はちゃんと一人の男の人として麗眞のことは好きかな。
ハグもキスもされたけど、なぜか告白はされてないままで。
だからちょっと関係は曖昧なんだけど」
何とも可愛らしい、子供らしいエピソードなのだろう。
私は、彼女のように可愛らしい思い出なんてない。
幼なじみと呼べる存在さえ、いなかった。
それはまぁ、極力人と交わるのを避けていたから、ある意味当然なのだが。
そんな自分が、恥ずかしくもあり、寂しくもあった。
「理名ちゃんは、苦手でしょ?
麗眞みたいなタイプ」
「うん。
まあ、ね」
彼女には、バレていたようだ。
まぁ、それほど、私という人間は分かりやすいのだろう。
「私、思うんだ。
理名ちゃんには、いつでも理名ちゃんのこと考えてくれて、なおかつちゃんと、言うべきことをストレートに言葉ぶつけてくる人が合ってると思う」
そう言った椎菜ちゃんの顔を、まじまじと見つめた。
「今、いやいや……そんなことないとか思ったでしょ。
理名ちゃん」
「思ってないって!」
「でも、ふと思うのが、麗眞くんくらい大人びた男の子、同年代でいるのかな、ってことなんだよね。
麗眞くん見てると、クラスの男の子とか、皆子供に見えるんだよね」
「あっ、それ、確かに!
麗眞、身長高いし、私服着てたら大学生にも見えるもん。
だから大体、2人で映画とか行くと、麗眞は学生証二度見されるよ、係の人に」
「だよね!」
今は、サラリと2人で映画、という台詞が聞こえた気がした。
もう、それはデートと言うのではないか。
「理名ちゃん、そういう一途で真面目な男の子がいいんだ?
だったら、思い切ってバイトしてみるとか?
私は、まだしなくても大丈夫だし。
私のお父さんもお母さんも、学費払えるくらいは稼いでくれているし。
それに、そんなに焦らなくても、学校に慣れてからにしなさいって言うだろうし。
いろいろ並べてみたけど、一番大きな理由は、麗眞に何言われるか分からないから、なんだけどね」
学費、払えるくらい?
今通っている高校の学費、半年で60万円もかかるのに……。
岩崎家の家計は、学校に慣れてきたらバイトをしないと、とてもじゃないけど賄えない。
椎菜ちゃんが麗眞くんにバイトをすることを告げているのを想像してみる。
「変な虫が付くからしなくていい」などと真顔で言う麗眞くんがすぐに頭に浮かんだ。
麗眞くん、過保護すぎでしょ。
すぐにその思考を頭から追いやった。
「椎菜ちゃん、羨ましいなあ、愛されてて」
ぽつりと呟いた私の言葉は、カーテンをさわさわと揺らす風の音に吸い込まれるようにして、消えた。
「何か言った?
あ、理名ちゃん、明日土曜日だよね?
暇?」
「うん、暇。
あんな家、いてもボーっとするか溜まってる家事するしかやることないし」
土曜日は父の仕事は休みだ。
本来は、私立なので土曜日も学校はある。
しかし、月曜日から宿泊学習のため、準備に充てられるよう、休みになっているらしい。
「じゃあさ、一緒にショッピング行こうよー!
宿泊学習の時の服、買いに行こう?」
中学校の頃から、冷たい、愛想のない子、と思われて友達もあまりいなかった。
もちろん、友達とショッピングなんてしたことなくて、憧れだった。
友達と買い物って、どんな感じなんだろう。
お互いに、服を選びっこしたり、するのだろうか。
「いいの?」
「もちろん!
もう理名ちゃんとは友達だもん」
「一緒に行こうか」
私のその言葉を聞いて、昼間の太陽みたいに笑った彼女。
布団も被らないまま、ストンと眠りに落ちた。
そっと薄い掛け布団を掛けてやる。
風邪を引かせたら、椎菜ちゃんの未来の彼氏になるであろう麗眞くんが黙っていないだろう。
起こさない程度の声量でおやすみ、と言って私も眠った。
……。
学校の体育館。
紺のジャージ。
まだ着慣れていない。
中学校の体育館。
体力テストを終えて、皆は思い思いに休憩を取っている。
そんな中、誰かが、過呼吸を起こして、苦しそうにうずくまっている。
皆が一斉に、その子の周りに集まる。
先生が、紙袋を持って、発作を起こしている子に駆け寄る。
私は、先生の携帯を借りて、母親の病院に電話を掛けた。
内線番号を押すと、母親の声がした。
運がいい。
めったに母が出ることはないのだ。
事情を説明する。
そして、がむしゃらにボタンを押して、スピーカー通話モードにする。
険しい母の声が、体育館中に響いた。
「ペーパーバッグ法はダメです、止めてください!
殺す気ですか!?」
皆の目が、皆で呼吸を合わせたかのように、一斉に私に向いた。
かまうものか。
「酸素濃度・二酸化炭素濃度を測定せずに行うと、時に二酸化炭素濃度を上げすぎてしまうんです!
二酸化炭素濃度は低すぎても問題ですが、高すぎても問題です!
血液中の二酸化炭素濃度が高くなりすぎると頭痛や吐き気、めまいなどが生じることがあり、ひどい場合には意識を失うこともあるんです!
ですから、それをやるのであれば、病院で酸素濃度を測定しながら行うべきです!
病院外の外で、ましてや知識のない方が行うべき行為ではありません!
いますぐ、学校の近くを走っている救急車を向かわせます!
よろしいですね?」
それから、5分が経った頃、サイレンが体育館近くで、止まった。
救急車から出てきたのは、救急隊員と、私の母だった。
「まったく。
急に電話してきて。
連絡網にあった担任の先生の携帯電話番号も念のために院内PHSに記憶しておいたからよかったわ。
そうしてなかったら、電話に出なかったかもしれない。
……とにかく、この子のことは私たちに任せて、貴女たちは授業に戻りなさい」
発作を起こした彼女が担架に乗せられていくのを確認した後、母は先生に一礼した。
私の顔を一瞬だけ見てから、救急車に乗って、病院に向かった。
その後、私の前に進み出て、1人ずつ頭を下げていく女子たち。
私をいじめていた子たちだ。
対応するのも面倒だった。
「気にしなくていいから」とだけ言葉を返す。
今更謝られても、友達になりたいとは断じて思わない。
……今思えば、これが、最初で最後の、母の学校訪問だった。
ここまで私好みなんて。
ここに入って眠るのがもったいないくらい。
いっそのこと、寝ないでおこうかと思うくらいだった。
ちょっと嬉しくなりながら、椎菜ちゃんが奥のベッド、私が手前で寝ることにした。
椎菜ちゃんは、たまに怖い夢や、逆に嬉しい夢を見たとき、ついベッドから落ちることも多々あるらしい。
彼女がベッドから落ちて怪我でもしたら、彼女に惚れている彼は、心配するどころでは済まないはず。
話題はやはり、椎菜ちゃんのことだ。
私に男っ気なんて微塵もないため、それくらいしか話題がないのだ。
「椎菜ちゃんってさ、いつから好きで、どこが好きなの?
麗眞くんのこと」
気になるのは、やはりそこだ。
「聞きたい?
えっと、説明複雑なんだけど……大丈夫かな。
私の両親と、麗眞の両親同士が見知った仲なんだ。
私が小学生の頃まで、夏休みに麗眞の両親と、その顔見知りたちは、大所帯で別荘に招待されたのよ。
グアムにある、宝月家が管理する別荘にね。
そこで食べて飲んで温水プールに入って、バカ騒ぎしてたのよね。
その輪の中に深月の両親もいたの。
クラスは違うけどもう一人、知り合いの女の子がいるけど、その子の両親も。
あ、ごめん、話戻すね。
私の両親が仕事で忙しいときは、『麗眞くんと遊んでいるといい』って、両親に麗眞の家まで連れられたものよ。
その当時からよく一緒に遊んでたの。
ある時、私が気に入ってよく被ってた麦わら帽子が風で飛ばされて木に引っ掛かっちゃったことがあったわ。
そのとき、麗眞は木に難なく上って取ってくれたのよね。
その時よ。
……麗眞に一目惚れしたの。
それから何かにつけて一緒にいるし。
麗眞と一緒にいたい、っていう不純な理由で中学も高校も選んだくらいだもの。
麗眞曰く、私は危なっかしい、ほっとけない女の子なんだって。
だからかな?
その時から、私に対して過保護なんだけどね。
今はちゃんと一人の男の人として麗眞のことは好きかな。
ハグもキスもされたけど、なぜか告白はされてないままで。
だからちょっと関係は曖昧なんだけど」
何とも可愛らしい、子供らしいエピソードなのだろう。
私は、彼女のように可愛らしい思い出なんてない。
幼なじみと呼べる存在さえ、いなかった。
それはまぁ、極力人と交わるのを避けていたから、ある意味当然なのだが。
そんな自分が、恥ずかしくもあり、寂しくもあった。
「理名ちゃんは、苦手でしょ?
麗眞みたいなタイプ」
「うん。
まあ、ね」
彼女には、バレていたようだ。
まぁ、それほど、私という人間は分かりやすいのだろう。
「私、思うんだ。
理名ちゃんには、いつでも理名ちゃんのこと考えてくれて、なおかつちゃんと、言うべきことをストレートに言葉ぶつけてくる人が合ってると思う」
そう言った椎菜ちゃんの顔を、まじまじと見つめた。
「今、いやいや……そんなことないとか思ったでしょ。
理名ちゃん」
「思ってないって!」
「でも、ふと思うのが、麗眞くんくらい大人びた男の子、同年代でいるのかな、ってことなんだよね。
麗眞くん見てると、クラスの男の子とか、皆子供に見えるんだよね」
「あっ、それ、確かに!
麗眞、身長高いし、私服着てたら大学生にも見えるもん。
だから大体、2人で映画とか行くと、麗眞は学生証二度見されるよ、係の人に」
「だよね!」
今は、サラリと2人で映画、という台詞が聞こえた気がした。
もう、それはデートと言うのではないか。
「理名ちゃん、そういう一途で真面目な男の子がいいんだ?
だったら、思い切ってバイトしてみるとか?
私は、まだしなくても大丈夫だし。
私のお父さんもお母さんも、学費払えるくらいは稼いでくれているし。
それに、そんなに焦らなくても、学校に慣れてからにしなさいって言うだろうし。
いろいろ並べてみたけど、一番大きな理由は、麗眞に何言われるか分からないから、なんだけどね」
学費、払えるくらい?
今通っている高校の学費、半年で60万円もかかるのに……。
岩崎家の家計は、学校に慣れてきたらバイトをしないと、とてもじゃないけど賄えない。
椎菜ちゃんが麗眞くんにバイトをすることを告げているのを想像してみる。
「変な虫が付くからしなくていい」などと真顔で言う麗眞くんがすぐに頭に浮かんだ。
麗眞くん、過保護すぎでしょ。
すぐにその思考を頭から追いやった。
「椎菜ちゃん、羨ましいなあ、愛されてて」
ぽつりと呟いた私の言葉は、カーテンをさわさわと揺らす風の音に吸い込まれるようにして、消えた。
「何か言った?
あ、理名ちゃん、明日土曜日だよね?
暇?」
「うん、暇。
あんな家、いてもボーっとするか溜まってる家事するしかやることないし」
土曜日は父の仕事は休みだ。
本来は、私立なので土曜日も学校はある。
しかし、月曜日から宿泊学習のため、準備に充てられるよう、休みになっているらしい。
「じゃあさ、一緒にショッピング行こうよー!
宿泊学習の時の服、買いに行こう?」
中学校の頃から、冷たい、愛想のない子、と思われて友達もあまりいなかった。
もちろん、友達とショッピングなんてしたことなくて、憧れだった。
友達と買い物って、どんな感じなんだろう。
お互いに、服を選びっこしたり、するのだろうか。
「いいの?」
「もちろん!
もう理名ちゃんとは友達だもん」
「一緒に行こうか」
私のその言葉を聞いて、昼間の太陽みたいに笑った彼女。
布団も被らないまま、ストンと眠りに落ちた。
そっと薄い掛け布団を掛けてやる。
風邪を引かせたら、椎菜ちゃんの未来の彼氏になるであろう麗眞くんが黙っていないだろう。
起こさない程度の声量でおやすみ、と言って私も眠った。
……。
学校の体育館。
紺のジャージ。
まだ着慣れていない。
中学校の体育館。
体力テストを終えて、皆は思い思いに休憩を取っている。
そんな中、誰かが、過呼吸を起こして、苦しそうにうずくまっている。
皆が一斉に、その子の周りに集まる。
先生が、紙袋を持って、発作を起こしている子に駆け寄る。
私は、先生の携帯を借りて、母親の病院に電話を掛けた。
内線番号を押すと、母親の声がした。
運がいい。
めったに母が出ることはないのだ。
事情を説明する。
そして、がむしゃらにボタンを押して、スピーカー通話モードにする。
険しい母の声が、体育館中に響いた。
「ペーパーバッグ法はダメです、止めてください!
殺す気ですか!?」
皆の目が、皆で呼吸を合わせたかのように、一斉に私に向いた。
かまうものか。
「酸素濃度・二酸化炭素濃度を測定せずに行うと、時に二酸化炭素濃度を上げすぎてしまうんです!
二酸化炭素濃度は低すぎても問題ですが、高すぎても問題です!
血液中の二酸化炭素濃度が高くなりすぎると頭痛や吐き気、めまいなどが生じることがあり、ひどい場合には意識を失うこともあるんです!
ですから、それをやるのであれば、病院で酸素濃度を測定しながら行うべきです!
病院外の外で、ましてや知識のない方が行うべき行為ではありません!
いますぐ、学校の近くを走っている救急車を向かわせます!
よろしいですね?」
それから、5分が経った頃、サイレンが体育館近くで、止まった。
救急車から出てきたのは、救急隊員と、私の母だった。
「まったく。
急に電話してきて。
連絡網にあった担任の先生の携帯電話番号も念のために院内PHSに記憶しておいたからよかったわ。
そうしてなかったら、電話に出なかったかもしれない。
……とにかく、この子のことは私たちに任せて、貴女たちは授業に戻りなさい」
発作を起こした彼女が担架に乗せられていくのを確認した後、母は先生に一礼した。
私の顔を一瞬だけ見てから、救急車に乗って、病院に向かった。
その後、私の前に進み出て、1人ずつ頭を下げていく女子たち。
私をいじめていた子たちだ。
対応するのも面倒だった。
「気にしなくていいから」とだけ言葉を返す。
今更謝られても、友達になりたいとは断じて思わない。
……今思えば、これが、最初で最後の、母の学校訪問だった。