「深刻かつ辛気臭い話はもう終わりにしましょ!

それにしても、琥珀ちゃんにもついに気になる子が出来たか!

いいねぇ、修学旅行で告白する予定なんて。

本当に昔の私とミツを見てるみたい。

私とミツも、修学旅行じゃないけれど学校行事の時に恋人になったもんね」

「そうなると、この間も捻挫したと聞いたし、気になることもあるんだ。

琥珀ちゃん、君にとっても大事な話だ。

彼女だけに言っても仕方がないからな。

その、気になる子と、無事に心が通じ合ったら2人でウチの事務所に来てほしい。

いいかな?」

優作さんがそう言うと、華恵さんも琥珀の目をまっすぐ見据えて首を縦に振った。

「個性強いでしょ、私たちの同級生の子供はどの子も皆。

麗眞くんや椎菜ちゃん、深月ちゃん然り。

そんな個性の強い子たちが、ちゃんと1つにまとまっているのは、貴女たちが潤滑油になっているおかげなのね。

理名ちゃんも。

何か、力になれることがあったら、言っていいのよ。

もう、私もミツも、貴女の知人なんだからね」

そこまで言って、華恵さんがはたと気付いた顔をした。

「……待って。

岩崎 理名。

この名前、つい最近何かの民事裁判の資料で見たのよね。

和解調停に持ち込んで解決したけど、かなり苦労したわ。

確か、原告がまだ小さい子の母親でね。

被告が白髪のある、痩せ細った50代くらいの男性の方だったわ」

「理名!
バイト先のカフェでアレルギー起こして、結局は亡くなっちゃった男の子の母親と、カフェのオーナーさんじゃない?

裁判までもつれ込んだけど、和解した、って新聞にほんの小さく、取り上げられてたよ」

琥珀の言葉で、思い出した。

「……それです。

先輩が、何かに思い悩んでいたかで心ここにあらずで。

そんな中厨房に立ってたんです。

オムライスを作ったフライパンを洗わずに、そのままでその子のお子様メニューを調理したから。

それで、アレルギーの発作を起こして。

私は、オーナーに指示をされたわけじゃなく、身体が咄嗟に動いた、ただそれだけで。

心臓マッサージとか、できる限りの処置をして。

それでも、助けられなくて。

やっぱり、裁判起こされちゃったんですね」

「ええ。

そうよ。

でもね、貴女と、他の何人かが、男の子を助けようとしたことが、和解のきっかけになったのよ。

男の子の母親も、何もせずに子供が苦しむのを見ていたわけではなかったのなら、まだ許せる、って言ってくれてね」

忘れようとしていた記憶が不意に呼び覚まされて、あの時を思い出して、目が潤んでしまった。

気分を切り替えようと、コーヒーで一口、喉を潤した。

「その話、ドイツへの修学旅行の時に会えたら彼にも言っておきますね。

その時、側にいて処置を手伝ってくれた私の彼氏の拓実も、きっと喜ぶでしょうし」

「ドイツに行ってるのか。

医者志望なら夢見る土地らしいからな、ドイツは。

修学旅行先が海外だなんて、本当に俺たちの学生時代とそっくりだ。

楽しんで来るんだぞ。

くれぐれも、無茶や無理はしないように。

最高の思い出が最悪の思い出になっちゃうぞ」

それは困る……

無茶しないようにしよう、拓実に心配は掛けたくない。

そろそろ子供たちが帰ってくる時間だそうだ。

同級生と集まるより少し緊張感のあった、それ以上に充実した時間は唐突に終わりを告げた。

帰り際に名刺を渡された。

それには、華恵さんの弁護士事務所の連絡先。

裏の余白には、何かあればいつでも遠慮なく連絡が欲しい旨が手書きで書かれていた。

彼女たち夫婦は、丁寧で、なおかつ自分の出る幕をちゃんと弁えている人だ、という印象を受けた。