夏休みになったがさして出かける場所があるわけでもない。

私は、通信教育サービスや、夏休みの模試を利用して、学力を上げていた。

模試は3日間拘束されたのはキツかった。

自分の苦手なところが浮き彫りになったので、そこは素直に嬉しかった。

視野には入れていなかった推薦やAO入試も狙えると知って、拘束された甲斐はあったと感じた。

近くの大学附属病院が、医学部受験を目指す高校生向けに行っている1日医師体験会にも参加をした。

ICUやオペ室、救急外来も見学をさせてもらえたことは貴重だった。

聴診器の使い方とレントゲンの見方のレクチャーも、していただいた。

さらに、現役の医師や医学生に対する質問も出来たのは、非常に良い体験になった。

何せ、現役医師にも「聴診器の使い方が手慣れている」とビックリされたのだ。

私の苗字と母の名前で、その医師もピンときたらしい。

帰り際にこっそり、私に耳打ちをして教えてくれた。

私の母が自分の先輩だったのだそうだ。

人を救うことに対しては人一倍使命感を燃やしていた母の背中を見て、救急外来へ身を置くことを決めたという。

「貴女はいい医者になれるわ。

私が断言する。

誰よりも、目の奥がギラギラしてたもの。

なんてったって、私の先輩の娘なんですもの。

医学部受験も、医学生になってからも大変なんだけれど、貴女なら乗り越えられるわ。

頑張ってね」

そう言って見送って貰えた。

そのことを、語学学校のスケジュールにも慣れてきた拓実に話した。

『いいなぁ。

それに参加してれば、医師の手際良い姿を見れた上に、帰りに理名とデート出来たかも、ってことじゃん?

それ、盲点だったな。

でも、なかなか出来ないいい経験出来て良かっ

たね。
モチベーションになったんじゃない?

俺の方も、時間があるときに俺の家の系列病院見学してるんだ。

現役医大生の人がちょうど研修に来ていて、案内してくれるんだ。

ドイツ語もペラペラで、羨ましいよ。

俺が大事な彼女を日本に置いてきちゃったの、なぜか初対面から見抜いてたし。

顔整ってて所作も綺麗な人なんだ。

理名が何かの都合でこっちに来たときは紹介してさせてほしいな』

そこまで言い切ったところで、お、彼女?と白人の男の子の顔が覗いた。

拓実が何やら英語で話すと、彼は画面の向こうから消えた。

『俺のシェアハウスの相手、カルロス。

日本が大好きで、日本で獣医になりたいんだって。

俺が泊まってたホテルのフロントマンの親戚の子なんだよ。

これからどちらに?って聞かれて、語学学校で手続きをする。

その後ルームシェア相手を探すって答えた。

そうしたら、親戚に連絡をしてやる、その子もちょうどルームシェア相手を探してるから。

そんな話の流れになったんだ。

その子、俺のこと語学学校の入口で待っててくれたんだよ』

拓実のルームシェア相手がいい子そうで安心した。

まぁ、ぶっちゃけ男の子でホッとした、というのが本音なのだが。

『男の子で良かった、って顔してるよ、理名。
女の子だったら妬いてたでしょ。

可愛いんだよな、そういうとこ。

今すぐ日本帰って理名ぎゅってしたいくらいだ
けど、それはさすがにやめとく。

今度こそ日本から離れたくなくなっちゃいそうだからさ』

こんなふうに、会話をして、私のほうが照れて会話が途切れる。

そして、眠くなると、どちらかが先に通話を切って身体を休める生活が続いた。

皆でたまに琥珀や麗眞くんの家に集まる機会もあったが、その時深月と秋山くんはいなかったりした。

巽くんの妹、優梨(ゆり)の家庭教師で忙しいようだ。

また、美冬と小野寺くんも不在の場合が多かった。

お菓子とのコラボが多いファーストフード店でバイトをしているらしい。

お互い、家の最寄り駅の店舗なので別だというが、シフトの休みを合わせて一緒に帰宅したりしているようだ。

放送部で忙しいようなのに、バイトとは。

「放送部の甲子園」と称される大会の最初の関門である、予選大会は通ったという。

次は今度は夏休みが終わる頃に行われる、強豪校が集まる全国大会に出場となる。

そして、前日のエントリーも含めて4日間拘束されるようだ。

その間はバイトには入れない。
深月じゃないけれど、美冬も何足わらじ履くんだろう。

こっそり深月と琥珀、それに華恋と一緒に美冬のバイト先に行くと、カウンターにはいなかった。

すると、聞き慣れた声が、店内スピーカーから聞こえてきた。

『こんにちは!

ご来店くださり、ありがとうございます!

皆様の楽しい歓談の時間に華を添えるラジオ、一輪花、のお時間です。

それでは、皆様から戴いたオススメのシェキポテの食べ方、紹介していきますね』

シェキポテとは、袋に粉を入れて振るとポテトに味が付くものだそう。

流暢な話しぶりと噛まない滑舌の良さ。

学校がある時は聴けていたその声は、何だか懐かしく感じた。

美冬、バイト先でもラジオ番組やってるの?

オススメの食べ方を紹介して、有線でいくつか曲を流すと、番組は終了した。

華恋によると、小野寺くんと美冬は大学を近くにするようだ。

大学進学を機に、2人で同棲も視野に入れているらしい。

とても貯金なしではやっていけないと言う計算になったらしい。

大学への進学費用と同棲費用を稼ぐためにバイトを始めたようだ。

そんな折、私は琥珀とともにTV局に呼ばれていた。

何でも、街ナカの女の子を可愛く変身させる企画に2人で出てくれないかというお誘いだった。

美冬や深月、椎菜はもとの顔立ちが良すぎる。

服とメイクをガラリと変えて変身させてもテレビ的に面白くない。

その点、私と琥珀なら画面映えするからという理由らしい。

その理由は癪だったが、小野寺くんのお父さんであるオノケンさんに頼まれたら断れない。

今のファッションをチェックしてガラリと変えるという企画だ。

私達は適当な服を着て、ショッピングモール内を歩く。

スタイリストにファッションチェックを受けて服をチェンジするらしい。

服は適当でいいというので、私はグレーのTシャツにチェックのビスチェみたいなものがドッキングしたものにデニムのワイドパンツを履き、白のサンダルを履いた。

琥珀は、白いTシャツワンピースにデニムのビスチェを重ねてポイントにしている。白いサンダルにかごバッグが涼し気だ。

「こんな適当でいいのかな?」

「多分……」

こんな感じで話していると、ちょっといいですか?と声をかけられた。

2人組で、どちらも女性だ。

1人は私より少し長いボブヘア。

もう1人は茶色の髪が胸元辺りまで伸びている。

『巷の子をメイクアップするコーナーです!

ちょっとお話いいですか?

2人はどういうご関係?

お友達かな?』

馴れ馴れしい態度にムッとしたが、そこは抑えた。

私がこういうことに慣れていないと知っている琥珀が質問に答えていく。

「そうなんですよー。
同じ高校の友達で。

秋に修学旅行があるんで、その下見を兼ねてここに買い物に来てるんですー」

『おふたりの今日のファッションのポイントはなんですか?』

「ワンピースに重ねたデニムビスチェですー」

にこにこと笑顔で言う琥珀。

私も、彼女を見習ってほんの少し口角を上げて笑顔を作る。

そしてポイントを伝えた。

『チェックのビスチェです。

Tシャツとデニムにパンツだと近所に散歩に行くみたいな感じになるのが嫌だったので。

リュックとサンダルは白に統一してあります』

私より髪の長いボブヘアの人が、私と琥珀の全身を舐めるように見る。

その視線が突き刺さるようで、少し身体が固くなる。

「2人とも、カジュアルで可愛いんだけど、女の子らしさが全然足りないわね。

特に、ボブヘアの貴女。

男の子みたい」

結構辛辣だ。

服装を可愛いのだがカジュアル寄りに変えられた。

「ショートヘアの貴方、背が高いんだから長い脚を出さないともったいないわよ」

そう言われ、白い半袖ニットにデニムのショートパンツ、花柄のシャツワンピースに変えられた。

「この方が若々しさも出るわ。

モテ間違いなしね。

あ、あと、貴女はブルーベース、肌に赤みがある肌色なのね。

青色とかパキッとした色、それに黒も似合うから、こんなのもいいかも」

普段は絶対に着ない服だ。

プリンターのマゼンタインクみたいな色のトップスに、グレーとカーキが混ざったような色のショートパンツ。

これを着るように言われた。
小物を黒に変えさせられる。

トップスは鎖骨が見える上に、袖口はリボン結び出来るようになっている。

私には女の子らしすぎる。

「可愛いー!

理名、すごい似合う!

それ着て拓実とテレビ電話してみなよ!
絶対、あっちは惚れ直すね。

あ、この子の彼氏、今海外に留学してるんですよー」

「こういう青みピンクより青が好きなら、こういう色もいいかも」

「理名、やっぱり青が似合うね!

肌の色、すごい綺麗に見える!
そんな感じのコーデで行きなよ、修学旅行。

拓実ともし会えたら、可愛いって言われるよ、絶対」

そう言って、青いノースリーブニットに、キャメル寄りのベージュのショートパンツを私の身体に当てる。

琥珀ったら、一応テレビなのにいらぬ情報を。

そして、コーディネートを褒めてくれるのは嬉しいが、一言余計だ。

そう言う琥珀も、色々とコーディネートされていた。

彼女は、イエローベースと呼ばれる黄身肌のため、オレンジやイエローが似合うのだという。

イエローのワンピースはとても良く似合っていた。

イエローのサマーニットにギンガムチェックのスカート。

もう一つは、オレンジの半袖カーディガンに白いスカートのコーディネート。

このどちらとも、彼女の女の子らしさがよく出ていた。

この格好で巽くんに会えばいいのにと思うくらいだ。

カメラがオフになったあと、借りた服は脱ぐように言われた。

服を脱いで元の服に着替えようとすると、終業式の日にも会った顔がこちらに歩いてきた。

「あら、ファッション企画で借りてたのね。
2人とも、いい感じじゃない。

普段からそういう格好、すればいいのに。

私は冴えない芸能人をテーマに合わせてコーディネートする企画でここ借りててね。

ちょうどロケが終わったところなの。

その服、結局返すのね。

もったいないわ。

いいから、貴女たちは着替えちゃうといいわ」

椎菜のお母さんにそう言われて、2人で元の服に着替える。

元の服に着替えたあと、スタッフが2つの紙袋を持っていた。

「こちら、特別です。

いい撮れ高をくれたお2人に、先程着ていた洋服をプレゼントします。

カメラ回してたオノケンさんの後輩が、彼に相談したら、いいんじゃないかと言われました。

普段は返却するんですけどね」

スタッフにそう言われて、おずおずと紙袋を受け取る。

「ありがとうございます」

「わぁ、ありがとうございます!

菜々美さんと、オノケンさんにもよろしくお伝え下さい。

楽しかったですって」

お礼を言う琥珀の顔は心底嬉しそうだ。

人懐っこい性格は得だな。

なんだかテレビの世界って、私にはキラキラどころかギラギラしすぎていて、私には眩しい。

そんなことを思いながら、私は家路についた。