「美冬も小野寺くんも、大丈夫かな」

そう呟いた椎菜の頭を、彼氏の麗眞くんがわしゃわしゃと撫でた。

「大丈夫だろ。

強い子だ。

美冬ちゃんも、賢人も。

何せ、保育園が初対面じゃなかったっぽいからな。

ま、これは宿泊オリエンテーションのときに賢人から聞いたんだけど」

「ん?なになに?

運命の赤い糸、的な話?

そういう話なら大好物!」

深月が話に乗ると、美冬の親友の華恋も話に加わる。

「そういえば、美冬から聞いたことあるような気がする」

「美冬ちゃんが母子家庭なのは、父親が心不全で亡くなったからなんだ。

美冬ちゃんの父親が運ばれた病院に、交通事故に遭ったばかりの賢人の母親も運ばれた。

家に帰る途中で、タクシーに轢かれたそうだ。

胸を強く打っていたからもう助かる見込みはなかった。

まだ保育園入園前の賢人は、病室前の長椅子でひたすら泣いていたらしい。

そこに父親を亡くしたばかりの、自分も涙を拭えていない美冬が現れた。

自分のイニシャルが刺繍されたハンカチを渡してから、母親を追いかけるように出ていったそうだ。

ひとしきり泣いた頃、その子が隣りにいて、ひたすら頭を撫でてくれていたらしい。

『パパに、もう会えないの。

あたしたちとは違うところに、行っちゃったんだって。

ママがそう言ってた』

こう言ってその子も泣いたから、2人で泣いてたら、いつの間にか眠ってしまっていたそうだ」

「あ、その話なら美冬から聞いたよ。

昔の話だし名前なんて聞かなかったけど、昔病院で泣いてた男の子にハンカチを差し出したことがあるんだ。

その子、今何してるかなって。

ハンカチに包んだまま、後で結ぼうと思ってたオレンジと黒のミサンガまでその時に失くしちゃった、って言ってたのを覚えてるのよね」

「そういえば、小野寺くん、鞄どうした?」

「持って行ってないはず!
美冬も鞄、そういえば、持って行ってないわ!
全く、世話の焼けるカップルなんだから」

私と華恋で、部屋まで行くと美冬の荷物を持った。
美冬の鞄がすぐに分かるのは親友ゆえだ。

彼女の鞄には、ミサンガがくくりつけてある。
さっきの話に出てきたものだろうか。

秋山くんと巽くんが、小野寺くんの荷物も持っていた。

学校指定のスクールバッグの手前のファスナーポケットに、紐状のものが噛んでいる。

直してやると、ミサンガが噛んでいた。

それを見て、華恋が声を上げる。

「あー!
これよ!美冬が失くしちゃった、って凹んでたミサンガ!」

「え、ってことは、さっきの話からすると、病院で会ったのって、美冬と小野寺くん?
しかも保育園入園前の!

実は一目惚れする前に出会ってました、みたいなやつ?

ドラマに出てきそう!」

「美冬、いいなぁ。

ロマンチックー!

このエピ、美冬と小野寺くんの結婚式の馴れ初め映像として流してみる?」

まだ学生なのに、結婚式の話か。

気が早くないか?

椎菜と深月がキャッキャと騒ぐ中、荷物を持って相沢さんの車に乗った。

「私なら、多少なりとも知識はある。

美冬の状態も伝えられるから適任でしょ?

皆は私抜きで楽しんでて!」

皆に手を振った私は、病院まで急いだ。

病院には20分しないで着いた。

2人分の荷物を持って車を降りると、小野寺くんの父親とすれ違った。

その後ろには、横顔が美冬と似ている女性が。

「あの、美冬は多分、大丈夫です。

急性咽頭炎なら、炎症がひどいと治療に1ヶ月程はかかりますが、軽度なら1週間もすれば回復します」

私がそう言うと、小野寺くんの父親はそうか、と言って笑う。

そう聞いて安心したのか、小野寺くんの父親の後ろにいた女性がよろめいた。

慌てて支えたのが小野寺くんの父親だ。

彼女をゆっくりソファに座らせて、その隣に自分も座ると、私も座るように促す。

「君、そういえば、苗字が岩崎だったな。
岩崎鞠子さんの娘か。

君のお母さんのことは覚えているよ。

私の家内が交通事故に運ばれてきたとき、まだ研修医だったこともあってか、率先して処置をしていたな。

その最中、私のことや賢人のことも気にかけてくれていたよ。

いい医者になる、と思ったんだが。
残念だったな、お母さんのことは」

「いい医者です、今でも。

そんな母を目標にして、母がなし得なかった分までいい医者になる、それが私の夢です」

「そうか。
頑張れ。

いい医者になったら、いつか勤める病院を取材させてくれ。

ま、取材するのは俺じゃなく、ウチの倅の賢人かもしれんが。

賢人も、ガキの頃から俺の背中を見ていたからか、カメラマンになりたいと言って、聞かなくてな。

今は病室のベッドで眠り姫になっている彼女もアナウンサー志望らしい。

同じ局内で社内恋愛もいいだろう。

テレビ局のコネがあるから、何ならアナウンサーやカメラマンへの道を開く手伝いくらいはしてやれるからな。

お、賢人の荷物か。
助かる。

ありがとうな、わざわざ持ってきてくれて。
こっちのちょっと重みがある方は賢人の彼女のか。

これも賢人を通して渡せるようにしておくよ。

あ、そうそう。

君みたいに、服と化粧変えると別人みたいに可愛くなるタイプは、テレビ映えするんだよな。

身長も高いし。

機会があったら、俺からちょっとTVのワンコーナーに出てくれって声かけるかもしれんが、よろしくな」

そう言って、病室に向かおうとするのを、低い声が呼び止めた。

「おい。彼氏持ちの女口説くなって、さっきも言ったよな?

何しに来た?」

「この医者の卵ちゃんが、お前とその彼女さんの荷物届けに来たんだとよ。

ありがたく受け取っとけ」

「お、サンキュ、理名ちゃん。

アイツらにもよろしく言っておいて」

ふと鞄を開けた小野寺くんは、ファスナー付きのポケットを開けて安堵したような表情を浮かべていた。

「お前ホント、昔から大切にしてるよな、そのミサンガ。
鞄にいつも女物のハンカチ入れてるし」

「あの……」

弱々しいけれど澄んだ声が辺りの静寂を破る。

「そのミサンガ、見せてくれます?
あと、ハンカチも」

私と小野寺くんの父親、オノケンさんが座る左の女性が、声を上げた。

小野寺くんから渡されたミサンガとハンカチをひと目見て、その女性は言った。

「間違い、ありません。
このミサンガは私が美冬に、って作ったものなの。

ハンカチも私が美冬にあげたものです」

その女性がハッキリ小野寺くんの方を見ると、彼は目を見開いた。

「あ、ご無沙汰してます。
美冬のお母さん。

今は、美冬は薬が効いているようで、眠っています」

この女性、美冬の母親だったのか。

「すみません。

10年間近く、ずっと持ってしまっていて。
保育園が一緒だったのに、気付けずにすみません」

「いいのよ。

家の立地のせいで、小野寺くんの家がちょうど学区の境になってるんだもの。

小学校も中学校も違ったのだから、仕方ないわよね。

でも、こうして高校生で再会して、ちゃんとお付き合いしてるなんて。

運命の再会、っていうのかしらね。

私も嬉しいのよ」

なんだか居てはいけない雰囲気だ。

「では、私はここで失礼します」

そう言って、病院を出て、車に乗り込むと、相沢さんの運転で宝月家の別荘に戻った。