翌朝。
眠そうに目を擦りながら登校した私を、明るい声が迎えた。
「おはよー!
理名」
「おっはよー!」
深月と美冬だ。
「2人とも元気だね……
おはよ」
後ろからポンと背中を叩かれた。
「おはよ。
ありがとな。
昨日、理名ちゃんに言われた正論はバッチリ効いてたみたいだぜ。
椎菜もな。
ま、当の本人は何かあると怖いし、家に誰もいないって言うから、俺の家で寝かせてるけど」
「過保護……」
美冬がポツリと呟く。
「俺は椎菜の父親が心配するから、帰ったほうがいいんじゃないかって言ったんだ。
椎菜が家に帰るより、この家がいいって言うからさ」
去年、椎菜の母親と会って話したことがある。
その時の印象では、彼女に似て明るくて社交的で。
それでいて彼女の意志を尊重している、気立ての良い母親、という感じを受けた。
娘である椎菜も明るくて社交的で、何より場の空気を読みすぎるほど読む。
しかし、どこか自分を卑下しがちなのは父親側の性格を受け継いでしまっているようだ。
「ところで深月ちゃんさ、お前の母親のところに椎菜と2人で行くって話。
それ、いつがいいとかあるの?」
「いいよ?
明日でも明後日でも、週明けでも。
聞かれたくないだろうから、明日明後日にするなら、ミッチーにどこかデートに付き合ってもらう。
それで私は家を空けるようにするし。
何なら、私の母親に言って、椎菜か麗眞くんの家にすることもできるから、それは言ってね」
「ん、わかった。
椎菜に連絡して聞いてみるわ。
深月ちゃん、ありがと」
「大丈夫だから、心配しなさんな。
私の母は、麗眞くんと椎菜よりヒドい共依存カップルやら夫婦のカウンセリングをたくさんやってるの。
そのうちのほとんどから関係が良好になりましたって感謝の手紙貰うくらいなんだから。
安心して。
2人一緒には来てもらうけど個別にやるわ。
内容はどんなことがあっても口外はしない。
守秘義務があるし、安心してね。
それも、大事な彼女さんに伝えておいてくれるかな?麗眞くん」
「わかった。伝えておく」
深月は秋山くんに何かを話しかけられて真っ赤になっていた。
何を言われたのか、後で聞いてみるとするか。
「あ、麗眞くん!
今日ね、私の後輩がラジオ番組の日なの。
お試しでの放送なんだけどね。
補佐入るから、お昼は私と賢人抜きで食べて!
あ、なるべくなら後で感想くれると嬉しいな」
美冬はそれだけを言って、小野寺くんと一緒にバタバタと教室を出ていった。
結局、お昼は男子陣と女子陣に分かれることとなったのだった。
男子陣は巽くんから相談を持ちかけられたようだった。
デートは明日ではなかったか。
何を相談することがあるのだろう。
私たち女子は食堂に行き、琥珀も入れてお昼を食べた。
議題は主に明日のデートについて。
買い物がメインだが、時間が余ったらどうしようと相談されたのだ。
「この間美冬と華恋と理名と行ったでしょ?
ショッピングモール。
あんな感じの過ごし方でいいのよ。
買い物終わったらどこかでお昼ごはん食べるといいわ。
その時に、相手に先に選ばせて、私も同じものにしようかなって言って、同じものを頼むといいわ。
ミラーリングっていう心理学テクで巽くんの心を掴めばバッチリよ。
メニューじゃなくても、同じタイミングで飲み物飲むとかね。
自分と似た人に惹かれるのよ、人って。
地元が同じとか、出身の部活が同じとかね。
カップルってね、自然と似てくるのよ、口調とか何気ない仕草が。
公認カップルで例えたほうがいいか。
『ん?気にしないでいいって』みたいな言い方って、麗眞くんが言う台詞よね?
最近はよく椎菜も言うでしょ?
あれ、本人は気づいてないでしょうけど、好きだからこそ似てくるのよ」
そう言われれば納得だ。
臨時の心理学講座が終わったところで、食堂のBGMが切れ、ラジオが流れた。
食堂にいてもラジオが聞きたいという生徒からの要望を受けた理事長が、食堂のおばちゃんや、食堂を運営する会社にも念のため許可をとったという。
許可が難なくおりたため、先週から食堂でも流れることになったのだ。
美冬の後輩ちゃんは女の子1人と男の子1人。
その2人がまだたどたどしいが、掛け合いをしながら番組が進行していった。
学園近くのオススメのカフェをリスナーから募集したようで、その投稿を紹介するコーナーが進行されていった。
投稿をいくつか紹介すると、最後に良い週末を応援するための明るい音楽が流され、ラジオは終了した。
「ラジオ番組の余韻に浸ってるけど、次の時間って、体育じゃなかった?」
深月の言葉で、慌てて残っていた昼食を掻き込んで、更衣室に向かった。
「あ、私も体育だ!
教師に椎菜がいないから、その穴を埋めろって言われてるんだ。
ダンスの練習、佳境なのになぁ」
琥珀も慌てて、私たちの後を追うように更衣室に向かった。
琥珀の話は初耳なことばかりだった。
ダンスを選択したら学期の終わりにバレーとバスケ選択者の前でダンス発表を見てもらう時間があるのだという。
うわぁ、ダンスなんて絶対に選択するもんか!
でも、絶対にダンスが3つのコースの選択肢に入っているのだ。
いつかは覚悟を決めなければならないが、今はやれる気がしない。
体育は鬼のようだった。
バスケは私が足を引っ張ってばかりで、琥珀のフォローがなければ勝てなかった。
琥珀はバスケの試合が終わるとダンスの授業の様子を見に行くなど、忙しそうだった。
その様子を遠巻きに見ていた麗眞くんが言う。
「ま、琥珀ちゃんの親父がグループだとたまに振り付けやったりしてるんだ。
そっちの血も貰ってるんだろ。
それでいてピアノ上手いのは、母親からの遺伝だろうからな。
天は二物、どころか三物くらい与えられてるんじゃね?」
「いやいや、お前が一番言っちゃダメだろ、その台詞」
そう言うと、その台詞を聞かれていただろう小野寺くんにツッコまれていた。
「巽サンキュ!
さすが副部長!
お前がいるとチームの士気があがるわ」
巽くんが点をとったのだろう。
琥珀がバレーコートの方を穴が開くほど見つめている。
すると、その視線に気付いた彼が琥珀に向かってVサインをした。
琥珀は顔を真っ赤にしながら、同じくVサインを返した。
「恋してるねぇ、琥珀。
ホラ、ダンスの練習場、隣でしょ?」
華恋に背中を押されながら、体育館を後にした琥珀。
体育が終わると、皆疲れからか授業に集中できていなかった。
情報の授業なので、パソコンに向かうだけで良かったので助かった。
授業が終わると部活だ。
曲の練習のはずが、部室ではとりとめのない雑談が行われていた。
それもそのはず、麗眞くんがいないからだ。
椎菜によると、彼は今日のお昼の放送で気付いたことがあるというので美冬のいる放送部にいるらしい。
「ところで小野寺くんって、すっかり馴染んでるよね、放送部の部員みたい」
深月が言うと、その声を聞いていたのだろう、彼女の彼氏の秋山くんが口を挟んだ。
「前は楽だから帰宅部が良かったらしいんだがな。
頑張りすぎる美冬が心配だから、放送部に入部届出したんだと。
放送部のおかげで、将来の夢も固まった、って麗眞の家の風呂に入ったとき言ってたぜ」
「え、そうなの?
ってかミッチーたち、ちゃんと真面目な話もしてたのね。
男子が寄り集まると下世話な話しかしないのかと」
「それを言うならお前ら女子もだろ。
まあ、7割はそういう、誰の抱き心地がいいだの鳴き声がエロいとかの話だったけどな。
で、深月さ、明日か明後日どうするの?」
ただの雑談だったはずが、深月と秋山くんが2人の世界に入り始めたので、私は所在なくポツンとしていた。
すると、部室のドアが開いて、見慣れた茶髪が姿を見せた。
光が当たると結構な明るい茶色になるのだが、これで学園の服装規定に引っかからないのが不思議だ。
「悪い、遅くなった。
いろいろ美冬の後輩ちゃんにアドバイスしてたからさ。
放送部以外の側面も持てるようにいろいろ教えてきた。
部活の枠を超えた活動が出来るようになるといいんだけどな。
顧問が頭固いけど部員たちには好きにやらせてるし、いいんじゃないかなって」
練習開始、のはずが、恋愛トークは彼が来てからが本番だったらしい。
「お前さ、昨日愛しの彼女さんと何を話し合ったわけ?今後に向けて」
秋山くんが話を振ると、彼はためらいもなく口を開いてくれた。
みんな気になっていたのだろう。
麗
眞くんの周りの椅子に座ると、すっかり話に聞き入ってた。
「んー?いろいろだよ。
なるべく遠慮しないで行きたい場所とか何でも言い合うことも決めた。
学園内では穴場の場所いくつか見つけてあるから、その辺りでイチャつく、ってことも。
あと1番大きく変わったのは、椎菜を屋敷に連れ込んで抱く頻度かな。
今までほぼ毎日だったんだけど、基本的に2週間に1度にしよう、ってことになった」
秋山くんが頭を抱えた。
「麗眞お前さ、いきなりガラッと変えて大丈夫か?
禁断症状出ねえの?
有り余りすぎてんじゃん、お前。
名前が出るだけで身体が反応するくせに。
彼女さんを部屋に連れ込んで抱くのが趣味みたいなもんじゃん」
「んー?椎菜もそれを心配してくれたんだけどさ。
大丈夫だよって言ったの。
その状態に慣れるまではキツいけど、慣れちゃえば問題ないし。
どうしてもってときは自分で何とかするし、例外的に椎菜から誘ってきたら応じる、ってことにしてある。
月イチで体調悪くなる前がめっちゃ煽ってくるからさ」
「なるほど、だから基本的に、だったのね。
まぁ、本人たちがいいならいいと思うわ。
私も、腰が痛いやら脚が痛いやらいつも言っているところや、鎖骨や太ももだけじゃなく背中にも所有印ついてるところを見てるからね。
椎菜が不憫だったのよ。
愛されすぎるのも問題だと思ってたし。
彼女の体力を考えると、毎日は無理があったのよ、絶対に。
それに、実際被害に遭って、病院に通った身としては、安全日なんて私たちの年代じゃ当てにならない、って分かったもの。
椎菜本人はもちろんのこと、椎菜の親友の私たちも不安よ。
このままのペースでヤッていたらいつ妊娠させられるか分かったものじゃないもの」
「俺もそう思う。
俺なんて、深月の病院に付き添ったから、余計に。
中絶手術控えてる、ってバタついてる院内の様子も目にしたことあるし。
俺と深月も基本的に気が向いて、なおかつ本当に不安がないときにシようって話をしてるし」
「サンキューな。話振ってくれて。
あ、そうそう。
理名ちゃんさ、月曜日までには屋敷寄れる?
手紙入りの大事なルームウェアが入った紙袋、屋敷に忘れてたぜ?」
話の矛先が私に向くと、秋山くんに笑われた。
「疲れすぎると結構ポカやらかしがちなんだよなぁ。
深月もそう。
深月はさらにタチ悪いことに、疲れてることに気付かないんだ。
ギリギリまで頑張りすぎてぶっ倒れるパターンだからさ。
理名ちゃんも疲れてきたなとか、休んだほうがいいかもな、っていうサインみたいなものを掴んでおくと楽かもよ」
「ミッチーの言うとおり。
私は集中力が途切れがちになったり、持ち物とか次の日の予定とかを忘れがちになるんだ。
それが増えるとキャパオーバーなのかな、って思うようにしてる。
それでも気付けないと、ミッチーが声かけてくれるから助かってる」
「ありがとうね、深月と秋山くん。
私も気をつける。
疲れた顔で拓実に会えないし」
「あ、拓実といえばさ、修学旅行の行き先アンケート出した?」
秋山くんの問いに、私は首を振った。
「コラ!
なんでまだ出してないの?
1番行き先決まってるでしょうが!
カタカナ3文字でドイツ、って書くだけでしょ?
ホラ、紙持ってるなら書く!
理名以外は今日の朝のホームルーム後に出したよ?」
深月に言われて、常にスクバの中の可愛いクマのキャラクターが印刷されたクリアファイルに入れて大事に持っていた紙を出す。
カタカナ3文字の記入は終えたが、その場所を選んだ理由を書く欄の手前でシャープペンを持つ手が止まる。
「素直にドイツに留学してる好きな人に会いたいからですって書けばいいと思うぜ?
決めるのに親父が絡むなら、面白がって採用してくれそうな気がする。
他人様の色恋沙汰大好きだからな。
本人も暇があれば俺のおふくろとイチャついてるし」
理事長の息子である麗眞くんが言うなら、そうなのだろう。
『ドイツに留学してる好きな人に機会があれば会いたいからです。
もしも会えなくても、彼との話のネタを作るために、ドイツを選びました』
こんな感じで、いいのだろうか。
あと4日後には、彼は日本からいなくなる。
このアンケート結果は夏休み明けに発表されるという。
夏休み明けに修学旅行先がドイツだと知ったら喜んでくれるかな。
そんなことを考えていると、帰宅を促す放送のが流れた。
帰宅時間だ。
部室の鍵を職員室に返すついでに、担任に用紙を渡した。
眠そうに目を擦りながら登校した私を、明るい声が迎えた。
「おはよー!
理名」
「おっはよー!」
深月と美冬だ。
「2人とも元気だね……
おはよ」
後ろからポンと背中を叩かれた。
「おはよ。
ありがとな。
昨日、理名ちゃんに言われた正論はバッチリ効いてたみたいだぜ。
椎菜もな。
ま、当の本人は何かあると怖いし、家に誰もいないって言うから、俺の家で寝かせてるけど」
「過保護……」
美冬がポツリと呟く。
「俺は椎菜の父親が心配するから、帰ったほうがいいんじゃないかって言ったんだ。
椎菜が家に帰るより、この家がいいって言うからさ」
去年、椎菜の母親と会って話したことがある。
その時の印象では、彼女に似て明るくて社交的で。
それでいて彼女の意志を尊重している、気立ての良い母親、という感じを受けた。
娘である椎菜も明るくて社交的で、何より場の空気を読みすぎるほど読む。
しかし、どこか自分を卑下しがちなのは父親側の性格を受け継いでしまっているようだ。
「ところで深月ちゃんさ、お前の母親のところに椎菜と2人で行くって話。
それ、いつがいいとかあるの?」
「いいよ?
明日でも明後日でも、週明けでも。
聞かれたくないだろうから、明日明後日にするなら、ミッチーにどこかデートに付き合ってもらう。
それで私は家を空けるようにするし。
何なら、私の母親に言って、椎菜か麗眞くんの家にすることもできるから、それは言ってね」
「ん、わかった。
椎菜に連絡して聞いてみるわ。
深月ちゃん、ありがと」
「大丈夫だから、心配しなさんな。
私の母は、麗眞くんと椎菜よりヒドい共依存カップルやら夫婦のカウンセリングをたくさんやってるの。
そのうちのほとんどから関係が良好になりましたって感謝の手紙貰うくらいなんだから。
安心して。
2人一緒には来てもらうけど個別にやるわ。
内容はどんなことがあっても口外はしない。
守秘義務があるし、安心してね。
それも、大事な彼女さんに伝えておいてくれるかな?麗眞くん」
「わかった。伝えておく」
深月は秋山くんに何かを話しかけられて真っ赤になっていた。
何を言われたのか、後で聞いてみるとするか。
「あ、麗眞くん!
今日ね、私の後輩がラジオ番組の日なの。
お試しでの放送なんだけどね。
補佐入るから、お昼は私と賢人抜きで食べて!
あ、なるべくなら後で感想くれると嬉しいな」
美冬はそれだけを言って、小野寺くんと一緒にバタバタと教室を出ていった。
結局、お昼は男子陣と女子陣に分かれることとなったのだった。
男子陣は巽くんから相談を持ちかけられたようだった。
デートは明日ではなかったか。
何を相談することがあるのだろう。
私たち女子は食堂に行き、琥珀も入れてお昼を食べた。
議題は主に明日のデートについて。
買い物がメインだが、時間が余ったらどうしようと相談されたのだ。
「この間美冬と華恋と理名と行ったでしょ?
ショッピングモール。
あんな感じの過ごし方でいいのよ。
買い物終わったらどこかでお昼ごはん食べるといいわ。
その時に、相手に先に選ばせて、私も同じものにしようかなって言って、同じものを頼むといいわ。
ミラーリングっていう心理学テクで巽くんの心を掴めばバッチリよ。
メニューじゃなくても、同じタイミングで飲み物飲むとかね。
自分と似た人に惹かれるのよ、人って。
地元が同じとか、出身の部活が同じとかね。
カップルってね、自然と似てくるのよ、口調とか何気ない仕草が。
公認カップルで例えたほうがいいか。
『ん?気にしないでいいって』みたいな言い方って、麗眞くんが言う台詞よね?
最近はよく椎菜も言うでしょ?
あれ、本人は気づいてないでしょうけど、好きだからこそ似てくるのよ」
そう言われれば納得だ。
臨時の心理学講座が終わったところで、食堂のBGMが切れ、ラジオが流れた。
食堂にいてもラジオが聞きたいという生徒からの要望を受けた理事長が、食堂のおばちゃんや、食堂を運営する会社にも念のため許可をとったという。
許可が難なくおりたため、先週から食堂でも流れることになったのだ。
美冬の後輩ちゃんは女の子1人と男の子1人。
その2人がまだたどたどしいが、掛け合いをしながら番組が進行していった。
学園近くのオススメのカフェをリスナーから募集したようで、その投稿を紹介するコーナーが進行されていった。
投稿をいくつか紹介すると、最後に良い週末を応援するための明るい音楽が流され、ラジオは終了した。
「ラジオ番組の余韻に浸ってるけど、次の時間って、体育じゃなかった?」
深月の言葉で、慌てて残っていた昼食を掻き込んで、更衣室に向かった。
「あ、私も体育だ!
教師に椎菜がいないから、その穴を埋めろって言われてるんだ。
ダンスの練習、佳境なのになぁ」
琥珀も慌てて、私たちの後を追うように更衣室に向かった。
琥珀の話は初耳なことばかりだった。
ダンスを選択したら学期の終わりにバレーとバスケ選択者の前でダンス発表を見てもらう時間があるのだという。
うわぁ、ダンスなんて絶対に選択するもんか!
でも、絶対にダンスが3つのコースの選択肢に入っているのだ。
いつかは覚悟を決めなければならないが、今はやれる気がしない。
体育は鬼のようだった。
バスケは私が足を引っ張ってばかりで、琥珀のフォローがなければ勝てなかった。
琥珀はバスケの試合が終わるとダンスの授業の様子を見に行くなど、忙しそうだった。
その様子を遠巻きに見ていた麗眞くんが言う。
「ま、琥珀ちゃんの親父がグループだとたまに振り付けやったりしてるんだ。
そっちの血も貰ってるんだろ。
それでいてピアノ上手いのは、母親からの遺伝だろうからな。
天は二物、どころか三物くらい与えられてるんじゃね?」
「いやいや、お前が一番言っちゃダメだろ、その台詞」
そう言うと、その台詞を聞かれていただろう小野寺くんにツッコまれていた。
「巽サンキュ!
さすが副部長!
お前がいるとチームの士気があがるわ」
巽くんが点をとったのだろう。
琥珀がバレーコートの方を穴が開くほど見つめている。
すると、その視線に気付いた彼が琥珀に向かってVサインをした。
琥珀は顔を真っ赤にしながら、同じくVサインを返した。
「恋してるねぇ、琥珀。
ホラ、ダンスの練習場、隣でしょ?」
華恋に背中を押されながら、体育館を後にした琥珀。
体育が終わると、皆疲れからか授業に集中できていなかった。
情報の授業なので、パソコンに向かうだけで良かったので助かった。
授業が終わると部活だ。
曲の練習のはずが、部室ではとりとめのない雑談が行われていた。
それもそのはず、麗眞くんがいないからだ。
椎菜によると、彼は今日のお昼の放送で気付いたことがあるというので美冬のいる放送部にいるらしい。
「ところで小野寺くんって、すっかり馴染んでるよね、放送部の部員みたい」
深月が言うと、その声を聞いていたのだろう、彼女の彼氏の秋山くんが口を挟んだ。
「前は楽だから帰宅部が良かったらしいんだがな。
頑張りすぎる美冬が心配だから、放送部に入部届出したんだと。
放送部のおかげで、将来の夢も固まった、って麗眞の家の風呂に入ったとき言ってたぜ」
「え、そうなの?
ってかミッチーたち、ちゃんと真面目な話もしてたのね。
男子が寄り集まると下世話な話しかしないのかと」
「それを言うならお前ら女子もだろ。
まあ、7割はそういう、誰の抱き心地がいいだの鳴き声がエロいとかの話だったけどな。
で、深月さ、明日か明後日どうするの?」
ただの雑談だったはずが、深月と秋山くんが2人の世界に入り始めたので、私は所在なくポツンとしていた。
すると、部室のドアが開いて、見慣れた茶髪が姿を見せた。
光が当たると結構な明るい茶色になるのだが、これで学園の服装規定に引っかからないのが不思議だ。
「悪い、遅くなった。
いろいろ美冬の後輩ちゃんにアドバイスしてたからさ。
放送部以外の側面も持てるようにいろいろ教えてきた。
部活の枠を超えた活動が出来るようになるといいんだけどな。
顧問が頭固いけど部員たちには好きにやらせてるし、いいんじゃないかなって」
練習開始、のはずが、恋愛トークは彼が来てからが本番だったらしい。
「お前さ、昨日愛しの彼女さんと何を話し合ったわけ?今後に向けて」
秋山くんが話を振ると、彼はためらいもなく口を開いてくれた。
みんな気になっていたのだろう。
麗
眞くんの周りの椅子に座ると、すっかり話に聞き入ってた。
「んー?いろいろだよ。
なるべく遠慮しないで行きたい場所とか何でも言い合うことも決めた。
学園内では穴場の場所いくつか見つけてあるから、その辺りでイチャつく、ってことも。
あと1番大きく変わったのは、椎菜を屋敷に連れ込んで抱く頻度かな。
今までほぼ毎日だったんだけど、基本的に2週間に1度にしよう、ってことになった」
秋山くんが頭を抱えた。
「麗眞お前さ、いきなりガラッと変えて大丈夫か?
禁断症状出ねえの?
有り余りすぎてんじゃん、お前。
名前が出るだけで身体が反応するくせに。
彼女さんを部屋に連れ込んで抱くのが趣味みたいなもんじゃん」
「んー?椎菜もそれを心配してくれたんだけどさ。
大丈夫だよって言ったの。
その状態に慣れるまではキツいけど、慣れちゃえば問題ないし。
どうしてもってときは自分で何とかするし、例外的に椎菜から誘ってきたら応じる、ってことにしてある。
月イチで体調悪くなる前がめっちゃ煽ってくるからさ」
「なるほど、だから基本的に、だったのね。
まぁ、本人たちがいいならいいと思うわ。
私も、腰が痛いやら脚が痛いやらいつも言っているところや、鎖骨や太ももだけじゃなく背中にも所有印ついてるところを見てるからね。
椎菜が不憫だったのよ。
愛されすぎるのも問題だと思ってたし。
彼女の体力を考えると、毎日は無理があったのよ、絶対に。
それに、実際被害に遭って、病院に通った身としては、安全日なんて私たちの年代じゃ当てにならない、って分かったもの。
椎菜本人はもちろんのこと、椎菜の親友の私たちも不安よ。
このままのペースでヤッていたらいつ妊娠させられるか分かったものじゃないもの」
「俺もそう思う。
俺なんて、深月の病院に付き添ったから、余計に。
中絶手術控えてる、ってバタついてる院内の様子も目にしたことあるし。
俺と深月も基本的に気が向いて、なおかつ本当に不安がないときにシようって話をしてるし」
「サンキューな。話振ってくれて。
あ、そうそう。
理名ちゃんさ、月曜日までには屋敷寄れる?
手紙入りの大事なルームウェアが入った紙袋、屋敷に忘れてたぜ?」
話の矛先が私に向くと、秋山くんに笑われた。
「疲れすぎると結構ポカやらかしがちなんだよなぁ。
深月もそう。
深月はさらにタチ悪いことに、疲れてることに気付かないんだ。
ギリギリまで頑張りすぎてぶっ倒れるパターンだからさ。
理名ちゃんも疲れてきたなとか、休んだほうがいいかもな、っていうサインみたいなものを掴んでおくと楽かもよ」
「ミッチーの言うとおり。
私は集中力が途切れがちになったり、持ち物とか次の日の予定とかを忘れがちになるんだ。
それが増えるとキャパオーバーなのかな、って思うようにしてる。
それでも気付けないと、ミッチーが声かけてくれるから助かってる」
「ありがとうね、深月と秋山くん。
私も気をつける。
疲れた顔で拓実に会えないし」
「あ、拓実といえばさ、修学旅行の行き先アンケート出した?」
秋山くんの問いに、私は首を振った。
「コラ!
なんでまだ出してないの?
1番行き先決まってるでしょうが!
カタカナ3文字でドイツ、って書くだけでしょ?
ホラ、紙持ってるなら書く!
理名以外は今日の朝のホームルーム後に出したよ?」
深月に言われて、常にスクバの中の可愛いクマのキャラクターが印刷されたクリアファイルに入れて大事に持っていた紙を出す。
カタカナ3文字の記入は終えたが、その場所を選んだ理由を書く欄の手前でシャープペンを持つ手が止まる。
「素直にドイツに留学してる好きな人に会いたいからですって書けばいいと思うぜ?
決めるのに親父が絡むなら、面白がって採用してくれそうな気がする。
他人様の色恋沙汰大好きだからな。
本人も暇があれば俺のおふくろとイチャついてるし」
理事長の息子である麗眞くんが言うなら、そうなのだろう。
『ドイツに留学してる好きな人に機会があれば会いたいからです。
もしも会えなくても、彼との話のネタを作るために、ドイツを選びました』
こんな感じで、いいのだろうか。
あと4日後には、彼は日本からいなくなる。
このアンケート結果は夏休み明けに発表されるという。
夏休み明けに修学旅行先がドイツだと知ったら喜んでくれるかな。
そんなことを考えていると、帰宅を促す放送のが流れた。
帰宅時間だ。
部室の鍵を職員室に返すついでに、担任に用紙を渡した。