「えっと……」

訪れた静寂を破ったのは、いつもとは違う、くぐもった声だった。

「すごくいいチョイスだと思う。
うまくパーソナルカラー、つまり、個人の肌の色から選んだ肌質に似合う色を選んである。

なおかつちゃんといつものボーイッシュな琥珀ちゃんとのギャップも演出出来てて、いいと思う。

タンクトップもシアーシャツ羽織って、今の理名ちゃんみたいに肌見せしてもいいし。

そういう、わざとらしくない肌見せって、男の人にとってはツボらしい。

これ、麗眞が言ってたんだけどね」

一気に話したからか、咳き込んだ彼女の背中を深月が優しくさすりながら言う。

「うん。
タンクトップの上に花柄のキャミソールワンピース着てもいいしね。

トーンを1つにまとめるワントーンコーデをすることでまとまりも出るし。

もちろん、白のハイネックトップスでもOKだかんね?

その場合は、赤いサンダルとか持ってくるといいかも。

花柄ワンピースにある花柄の色を拾う感じね。

色味が9月から10月くらいまで着ていける感じだから、良い買い物したね!

修学旅行にもいけると思うよ」

どれも高評価で良かった。

「ギャップ萌えさせるにはレースのスカートかパンツね。

私なら、ベージュのタンクトップにシアーシャツ、レースのパンツでコーデを組むわ。

第2パターンとして、ベージュのタンクトップの上にキャミソールとセットの半袖カーディガンをボタンの前を閉めて着て、オレンジのレースのスカートかな。

こうすれば、軽さもでるし、レースも使いすぎてくどくならないから。

白は誰にでも好印象を与えられる色だもの、うまく使わないとね」

さすがは深月だ。

その深月が、私の方を見て言った。

「私、レターセット持ってるよ!
せっかく、プレゼント買ったんだもの。

それをはい、って渡すだけじゃつまらないでしょ?

素直な気持ちを手紙に書きなよ!」

「え、今から?」

突然のフリに、なんて返せばいいのか分からなかった。

「素直に書けばいいのよ!
これ、実はお揃いなんです!

テレビ電話とかのときに着て、お互い画面の前にいようね!とか」

「そんな恥ずかしいことは書けないって!」

「あくまでも例よ例。
理名の素直な気持ちを綴ればいいのよ。

会えなくて寂しい、でも文句は言わないわよ。

とにかく、手紙を書くのは私達からの宿題ね!
もちろん、期限は5日後よ、いいわね?」

美冬がそんなことをピシャリと言うので、気持ち的にはワケがわからなくて、泣きたい気分だった。

「明日学校だし、麗眞とかに相談してもいいんじゃない?

私は念の為にシャワーにするから、皆でお風呂入りながら考えてもいいし」

「私は後で家に帰ってから入るよ、どうせ誰もいないんだもん。

弱ってる椎菜ちゃん、放っておけないし。
4人でお風呂入ってくればいいと思うよ!」

ニッコリ笑顔で、琥珀ちゃんがそう言う。
その言葉に、甘えることにした。

「家に帰って1人、って寂しくないの?
琥珀ちゃん」

「もう、慣れちゃったかな」

その言葉を、眉を下げるでも、表情を曇らせるでもなく、真顔で言う琥珀ちゃん。
その態度に、彼女の言葉が本当なのだと思い知らされる。

「あ、そうそう。

私のこと、ちゃん付けじゃなくて名前呼び捨てでいいよ?
ってか、そうしてくれると嬉しい。

私だけ距離があるみたいで、なんか嫌だから」

その言葉に、皆が笑顔で頷いた。

「琥珀、椎菜をよろしくね!」

椎菜を心配するのは深月だ。

「ごめん、椎菜に琥珀……
ちょっと行ってくるね」

本意ではなかったかのように眉を下げながら言うのは華恋だ。

「琥珀、今度はこのメンツで琥珀の家だぞ?」

場をしんみりさせないように、明るいことを言うのは美冬。

皆が、自然に周囲に気が遣える良い子たちだ。

「琥珀、ありがと!嬉しいよ」

私は素直にそう言って、部屋を出た。

皆についていって、螺旋階段やらエレベーターに乗り、浴場に到着した。

琥珀が不安そうに、深月や美冬の下着姿をチラ見する。

2人ともピンクや白で、レースやチュールがこれでもかと使われている。

いかにも彼氏ウケを重視した下着だ。

「やっぱ、そういうほうが好きなのかな、男の人って」

「なーに言ってるのよ、理名。
アンタはまだこういうの選ぶ段階じゃないっしょ?

選ぶときは私と深月が付き合うから心配しなさんな。

ま、これ、色的には賢人の好みなんだけどね」

最後の方の声が小さかったが、バッチリ聞こえていた。

「あれ、何か意外だな、ピンクって。

白とか黒系統の色好みそう、賢人くん」

「女の子らしいパステルカラーは嫌いじゃないみたいだけどシンプルな方が好きみたいなんだよね。
そういう深月だって白じゃん?

前はよくパステルカラーの着けてたじゃない」

「今日はたまたまそうなっただけ!

ミッチーとしては、パステルカラーのほうが、女の子らしくてそそられるみたい。

昨日は薄い紫だったけど」

「なるほど、それで火がついて処女をロストしたわけか、深月は。

いいねぇ、青い春、謳歌してるじゃん?」

「まだ痛いけどね、うん。
幸せの痛み、って感じかな。
あ、そうそう。

理名ちゃんにお礼言っておいてくれ、だって。ミッチーが。

『あのとき練習試合の会場で制服姿の理名ちゃんを見かけてなかったら、絶対私とは再会出来なかっただろうから』
って言ってたのよ」

「ありがとね深月。
秋山くんにはお礼言うほどじゃないって言っておいてよ」

そんな会話をしながら、各々身体にタオルを巻いて浴室に向かう。

身体に泡を纏わせてから洗い流すと、なんだか心のモヤモヤまでふわふわの泡と一緒に流される気がした。

何だか今なら、何でも話せそうだ。

「んで?理名。
何でルームウェア選んだわけ?
なかなか、賢人が推薦した、イヤホンもいいと思ってたんだけどな」

先に浴槽に華奢な身体を沈めている美冬からそう問われた。

「えー、だって。
ホームステイするのかわからないけど、海外の人って家にいるときの服装にも気を遣いそうなイメージがあるから。

Tシャツとスウェットよりはいいかな、って。
物持ちも良くなるし。

あわよくばさりげなくお揃いにしたかったの。

テレビ電話のときも、私が忙しくて向こうが暇なときとかにもそれ着てほしいな、って。
ちょっとでも私のこと思い浮かべてほしい、って言えばいいのかな」

彼女に聞こえるように話すと、私の声は浴室に反響してさらに大きく聞こえた。

かなり照れる。

「そういう素直な気持ちを書けばいいのよ、手紙にね」

「下書きしてみれば?

ウチのミッチーにも見せてみれば、いいアドバイスくれるかも。

今となってはちょっと妬くけど、中学の時結構モテてたし、アイツ」

「イケメンの部類に入るしね、秋山くん!
割と器用だし。

そういうこと、次に秋山くんと甘い雰囲気になったときに伝えてみればいいんじゃん?
深月。

どっかの姫を溺愛してる同級生並みに愛されちゃうかもよ?」

「もう、やめてっば、美冬!」

「この間誰かも言ってたけど、美冬がこのメンバーの中で結婚早そうな気がする。

小野寺くん、意外に美冬の周囲の男に妬く傾向強いじゃん?

美冬がアナウンサーとして人気出る前に籍入れちゃえ、みたいになりそう」

華恋の声に、美冬以外の皆が頷く。

「椎菜は何だかんだ言って獣医師になるまでストップかけてそうだし。

とは言いつつ、麗眞くんに押されて学生のうちに孕みそうで不安ではあるけど。

そっちの欲が有り余ってる麗眞くんも、宝月グループ継ぐ次期当主候補なんだもんね。

いろいろ勉強とか忙しくなりそうじゃん。

私たちは精神科医と臨床心理士、になる予定。

あまり仕事の上では、仲よさげにしちゃいけないんだ。
プライベートで秘密裏に話し進める、となると時間かかりそうだし。

あ、でも結婚式するならウェディングプランナーになった華恋にお願いするね」

「あ、ありがとね、深月!」

このガールズトークの雰囲気は終わった。
深月が話題を変えたからだ。

「理名と美冬と華恋は行ったんでしょ?
琥珀の家!

どうだった?

やっぱりメチャ広だった?」

「めちゃくちゃ広かった!
日常生活棟と、ジムとかプール、ジャグジーみたいなリラクゼーション棟に分かれてるみたいだったよ。

お部屋にあるジャグジーはたまに琥珀も使ってる、って言ってたかな。

ここには負けちゃうけど、それでもかなり広めの浴室があるとも言ってた」

私が言うと、深月は言葉を失っていた。

「リラクゼーション棟の主な使い手は琥珀のお父さんね、多分」

「琥珀の家のこと知ってそうな家政婦さん?
ハウスキーパーさん?もいたし」

「リビングとダイニングも広かった!
ちょっとしたホームパーティーできそうなくらい!」

美冬と華恋が言うと、深月が呟いた。

「そっか。

でも、家族全員が揃うこと自体があまりなくて広い家に琥珀一人ぼっち、っていうのも何だかね。

本人は気にしてない風ではあったけど、少しは寂しいはずよ」

「それは今日行って私も思ったの。
寂しくないのかな、って」

しんみりした空気を打ち切るように、深冬が言う!

「あがろ!
琥珀も椎菜も心配だし!
理名も手紙書かなきゃだし」

椎菜がいれば、彼女が先程の美冬のように、鶴の一声の役目を担っていたのだろう。

私も含めた皆は、美冬につられるように浴槽から上がって、服を着て浴場を出た。

部屋に戻ると、シャワーのみで身体が冷えたのだろうか、椎菜が暑いのに毛布にくるまっていた。

「ごめんね、こうしてないと痛くて。
こういうのにあと2日耐えれば少しは楽になるから」

「無理しないようにね」

当たり障りのない言葉を掛けるしか出来なかった。

皆も、彼女が明日学校に行けるのかを心配している。

「何なら休みなよ、明日は体育もあるんだし」

「ノートなら私が取ってコピー渡すね」

「ありがと、皆」

そう言って、ベッドサイドに置いてあった携帯を手に取り、彼女は手早く操作し始めた。

大方、メールでも打っているのだろう。

その時、コンコンとノックの音が響いた。
誰かが返事をすると、ひょっこりと相沢さんが顔を覗かせた。

「ご夕食の準備が整っております。

椎菜様が心配なら、皆さんでこの場で召し上がることも可能です。
いかがいたしましょう?」

深月と美冬が手を挙げた。

「私、ここに残るから、皆は広いところで思う存分食べてくれば?」

「そうそう。
椎菜が心配だし。

1人だと、余計寂しくなるだろうしね?

ただでさえ、彼氏さんに会えないのに」

相沢さんは、一瞬だけニッコリと微笑むと、きっちり30度の礼をして、言った。

「かしこまりました。後ほどお三方の分のお食事をお運びしますので。

の方々は私の後ろについてきてください」

相沢さんに続いて、食堂に向かう。

男子勢は既に食べ終えていた。

美冬と深月は椎菜の部屋にいる、そう話した。

小野寺くんと秋山くんは、私たちには目もくれずに、食堂を出ていった。

どんだけ彼女さんラブなんだか、あの2人。