階段を降りた先で、誰かと軽くぶつかった。
転びはしなかったが、少しよろけた。
「大丈夫?
って、理名ちゃん?」
上から降ってきた声とともに、肩を倒れないように支えられた。
どこか深月に似た雰囲気の目と髪質。
柔らかい声色も彼女にそっくりだ。
「麗眞くんの父親に資料を渡すために寄っていたのよ。
今から帰るところだったの。
ちょっと話でもしていかない?
あなたさえ良ければだけど」
その優しい口調が深月みたいで断れなかった。
地下にバーがあり、夜こそ本来の姿だが、昼はカフェになるのだという。
そこでそれぞれアイスコーヒーをオーダーし、
抹茶パフェまでご馳走になってしまった。
私が甘すぎるものは得意じゃない、という情報はどこで得たのだろうか。
由紀さんは甘そうなチョコレートパフェを美味しそうに口に運んでいる。
くどそうだが、美味しいのだろうか。
「、今頃は娘たちが、学校に復帰した華恋ちゃんのお祝い。
ドイツに発つことになった拓実くんのお別れ会。
その2つを兼ねて高校生らしく、はしゃいでいるはずだと、思ったのだけれど。
理名ちゃんだけ、どうして1人であんなところにいたの?」
しばらく皆の部活の集まりが悪かったこと。
長らく拓実くんから連絡がなかったこと。
さっき急に、あと5日後にドイツに発つと言われた。
彼に言いたかったことがたくさんあったはずなのに、何も言えずにただ驚くしかできなかった。
そんな自分が一番不甲斐ないこと。
皆は拓実くんのドイツ行きを知っていたのに、本人からの望みとはいえ、拓実くんに好意を抱いている私だけに、重要な事実が知らされなかった。
のけ者にされている気がして、ショックだったこと。
すべてをぶちまけて、大分楽になった。
「なるほど。
つまり、2つのことで大きなショックを受けているのね、理名ちゃんは。
ドイツ行きを拓実くん自身の口からもギリギリまで話してくれず、連絡も取れずにいたこと。
もう一つは、深月を含むお友達たちはその事実を知っていたにも関わらず、伝えてくれていなかった。
そしてその事実を知った後に、ごめんと謝られたこと。
確かに、ウチの深月たちがそんなことを考えていたなんてね。
私が知っていたら止めたわ。
理名ちゃんを傷つけるだけだからそれは止めなさいって。
私からも、謝っておくわ。
ごめんなさい、本当に」
「いいんです、全然。
関係のない深月のお母さんに謝られても、気持ちのやり場がない、っていうか」
「それで?
その話をされた時点で、貴女は見送りに行く、って返事はしたのよね?」
由紀さんの言葉に、強く頷く。
「うん。
それで、いいのよ。
空港に見送りに言ったときに、ガツンと言えばいいのよ。
自分の気持ちをね?
そうしたら、きっと外国の地でも彼を寂しくさせないはずよ」
なんだか見てきたような言い方だ。
「懐かしいわ。
昔の友達の恋愛模様にとっても似てる。
琥珀ちゃんの両親の恋愛模様にね?
そっくりなのよ、今のあなたたちの状況。
琥珀ちゃんのお母さん、小さい頃から気にはなってたみたい。
今の旦那さんのこと。
でも、向こうからは気を引くためにちょっかいしか出されなくてね。
ちょっと気に入らない相手を、ウチの深月みたいな目に、遭わせる計画をしてたことがあったのよ。
それを引き止めに行って、本人も無理やり犯されたりもしたみたい。
本人は愛がなくても嬉しかったようよ。
よっぽど当時から今の旦那、つまり琥珀ちゃんのお父さんにゾッコンだったみたい。
そうそう。
私の今の旦那もね、昔は反抗的だったの。
気に入らない人は徹底的にいじめていたわ。
理名ちゃん、あなたがされたのよりひどいものをね?
そんな彼を全うに更生させるために、アメリカに渡って、カウンセリングを受けさせることになったの。
カウンセリングは、琥珀ちゃんのお父さんも受けていたわ。
私に心理学のイロハを教えてくれた先生があっちにいるから、その人の下で。
私も、長期の休みになるとその先生の助手みたいなこともやっていたわ。
そこで、カウンセリングしてどんどん変わっていく子にに少しずつ惹かれていったの。
その人、浅川 将輝っていう名前なんだけど。
今のうちの旦那よ?
あら、ごめんなさい、話が逸れたわね。
その、彼がアメリカに発つ前に、空港で気持ちを伝えてたわ。
琥珀ちゃんのお母さんはね。
それで上手くいって、離れても連絡は取り合ってたみたいだから、そこで関係深めて。
一緒に住んで、だけど琥珀ちゃんのお母さんが音大いるときに、ドイツに留学したりして。
遠距離恋愛も何とか乗り越えて、今も仲良く、ベタ甘な夫婦やってるわ。
だからね、理名ちゃん。
あなたも大丈夫よ。
なんてったって、大学は一緒、って確約が既にあるのでしょう?
私のかつての友達とは違う。
だから、何も臆することなく素直に気持ちを言えばいいのよ。
そうすれば、絶対伝わるわ。
拓実くんだけじゃない、深月たちにもね?
何やら騒がしくなってきたわね。
きっとあなたを探してるのね」
由紀さんが席を立つと、バーのドアが開いた。
ドアの先にいたのは、噂をすればなんとやら、深月と秋山くんだった。
「お母さん!?
なんでここに?」
「お母さん?
あ、え、あの人が、深月の母親?
初めまして!
娘の深月さんとお付き合いをさせて頂いています、秋山 道明と申します!
ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします!
深月さんのことなら任せてください!」
なんだかいつも冷静で、周りをよく見ていて、めったに取り乱さない秋山くんが、しどろもどろだ。
隣にいる深月も必死に笑いを堪えている。
深月が私に外に出るようにジェスチャーを送ったので、その通りにすることにした。
あそこにいちゃ、邪魔だよね。
重たいドアを開けて外に出ると、そこには麗眞くんがいた。
紺のシャツに白いストライプのパンツが夏らし
い。
「やっぱりここだったか。
深月ちゃんの母親が俺の親父と会う約束してたみたいで。
例の機械の電波、理名ちゃんの分は拾えたけど弱かったんだ。
深月ちゃんがさ、もしかしたらどこかでウチの母親と会って話し込んでるのかもしれないってことを教えてくれたの。
ゆっくり話せる場所はここしかないからさ。
来てみるとビンゴだったよ。
勝手にどこか行くなよな、まったく」
そう言うが早いが、メールを打つ。
麗眞くんと一緒に、エントランスがある階に戻る。
玄関口の白いソファーには、拓実くんが座っていた。
制服ではなく、私服に着替えている。
シンプルなシャツにグレーのパーカー、色の濃いジーンズという格好だが、背の高い拓実くんによく似合っている。
私を目ざとく見つけると、隣に麗眞くんがいるにも関わらず、私を強く抱きしめた。
「ちょ、拓実く……」
「ごめん。
そうだよね。
自分のことばっかりしか考えてなかった。
理名ちゃんがどう思うかなんて、すっかり頭から抜け落ちてて。
俺、全然できた人間じゃないや。
君の学園に転入する話を持ちかけられたときにその話を断って、理事長さんに褒められたこともあったけど。
それで舞い上がってた。
理名ちゃん、いいよ?
こんな最低な奴と無理して一緒にいなくて」
その言葉を聞いて顔を上げると、泣いたのだろうか、目は真っ赤に充血していた。
そっと彼の広い背中に腕を回す。
広くて逞しい、筋張った骨の感触をリアルに感じて、胸が高鳴る。
「そんなことで嫌いになるほど器の小さい人間だと思われてたほうが心外だな。
別にいいの。
それぞれの家庭の方針があるし、それぞれの人生をどう生きていきたいかも自由だし。
拓実くんの人生の中に、私が入る隙間がほんのちょっとでもあればそれだけで嬉しい。
今は無理して国際電話しなくても、ビデオ通話とか出来るし。
そういうので、繋がりさえ断たなければ大丈夫だし。
私の学園、修学旅行先がまだ国内か海外か決まってないから、拓実くんのいる国に希望出すこともできるし。
そういうので、ちょっとでも会えれば。
そこまで不安になることもないと思うんだ」
私がそう言うと、拓実くんはこれでもかというほど私の頭を撫でて、にっこり微笑んでから、言った。
「理名ちゃんみたいな子に会えてよかった。
俺、超幸せ者だわ」
「話は終わった?」
「話が終わったなら行くぞ。
スイーツ&軽食バイキングで華恋ちゃんの復帰祝いと拓実くんを送り出す会を兼ねて盛大に皆で弾けて騒ぐぞ。
修学旅行の前哨戦みたいなもんだな。
覚悟しとけよ?」
いつの間にか、正瞭賢の名物カップルの2人が迎えに来ていた。
「早くー。
今、多分深月と秋山くんが冷やかされてるとこだと思うから。
あと、人が1人増えてるから、そこもよろしくね?
ま、2人が知ってる人だけど」
さっきの流れで、絶対何かあったな、あの2人。
転びはしなかったが、少しよろけた。
「大丈夫?
って、理名ちゃん?」
上から降ってきた声とともに、肩を倒れないように支えられた。
どこか深月に似た雰囲気の目と髪質。
柔らかい声色も彼女にそっくりだ。
「麗眞くんの父親に資料を渡すために寄っていたのよ。
今から帰るところだったの。
ちょっと話でもしていかない?
あなたさえ良ければだけど」
その優しい口調が深月みたいで断れなかった。
地下にバーがあり、夜こそ本来の姿だが、昼はカフェになるのだという。
そこでそれぞれアイスコーヒーをオーダーし、
抹茶パフェまでご馳走になってしまった。
私が甘すぎるものは得意じゃない、という情報はどこで得たのだろうか。
由紀さんは甘そうなチョコレートパフェを美味しそうに口に運んでいる。
くどそうだが、美味しいのだろうか。
「、今頃は娘たちが、学校に復帰した華恋ちゃんのお祝い。
ドイツに発つことになった拓実くんのお別れ会。
その2つを兼ねて高校生らしく、はしゃいでいるはずだと、思ったのだけれど。
理名ちゃんだけ、どうして1人であんなところにいたの?」
しばらく皆の部活の集まりが悪かったこと。
長らく拓実くんから連絡がなかったこと。
さっき急に、あと5日後にドイツに発つと言われた。
彼に言いたかったことがたくさんあったはずなのに、何も言えずにただ驚くしかできなかった。
そんな自分が一番不甲斐ないこと。
皆は拓実くんのドイツ行きを知っていたのに、本人からの望みとはいえ、拓実くんに好意を抱いている私だけに、重要な事実が知らされなかった。
のけ者にされている気がして、ショックだったこと。
すべてをぶちまけて、大分楽になった。
「なるほど。
つまり、2つのことで大きなショックを受けているのね、理名ちゃんは。
ドイツ行きを拓実くん自身の口からもギリギリまで話してくれず、連絡も取れずにいたこと。
もう一つは、深月を含むお友達たちはその事実を知っていたにも関わらず、伝えてくれていなかった。
そしてその事実を知った後に、ごめんと謝られたこと。
確かに、ウチの深月たちがそんなことを考えていたなんてね。
私が知っていたら止めたわ。
理名ちゃんを傷つけるだけだからそれは止めなさいって。
私からも、謝っておくわ。
ごめんなさい、本当に」
「いいんです、全然。
関係のない深月のお母さんに謝られても、気持ちのやり場がない、っていうか」
「それで?
その話をされた時点で、貴女は見送りに行く、って返事はしたのよね?」
由紀さんの言葉に、強く頷く。
「うん。
それで、いいのよ。
空港に見送りに言ったときに、ガツンと言えばいいのよ。
自分の気持ちをね?
そうしたら、きっと外国の地でも彼を寂しくさせないはずよ」
なんだか見てきたような言い方だ。
「懐かしいわ。
昔の友達の恋愛模様にとっても似てる。
琥珀ちゃんの両親の恋愛模様にね?
そっくりなのよ、今のあなたたちの状況。
琥珀ちゃんのお母さん、小さい頃から気にはなってたみたい。
今の旦那さんのこと。
でも、向こうからは気を引くためにちょっかいしか出されなくてね。
ちょっと気に入らない相手を、ウチの深月みたいな目に、遭わせる計画をしてたことがあったのよ。
それを引き止めに行って、本人も無理やり犯されたりもしたみたい。
本人は愛がなくても嬉しかったようよ。
よっぽど当時から今の旦那、つまり琥珀ちゃんのお父さんにゾッコンだったみたい。
そうそう。
私の今の旦那もね、昔は反抗的だったの。
気に入らない人は徹底的にいじめていたわ。
理名ちゃん、あなたがされたのよりひどいものをね?
そんな彼を全うに更生させるために、アメリカに渡って、カウンセリングを受けさせることになったの。
カウンセリングは、琥珀ちゃんのお父さんも受けていたわ。
私に心理学のイロハを教えてくれた先生があっちにいるから、その人の下で。
私も、長期の休みになるとその先生の助手みたいなこともやっていたわ。
そこで、カウンセリングしてどんどん変わっていく子にに少しずつ惹かれていったの。
その人、浅川 将輝っていう名前なんだけど。
今のうちの旦那よ?
あら、ごめんなさい、話が逸れたわね。
その、彼がアメリカに発つ前に、空港で気持ちを伝えてたわ。
琥珀ちゃんのお母さんはね。
それで上手くいって、離れても連絡は取り合ってたみたいだから、そこで関係深めて。
一緒に住んで、だけど琥珀ちゃんのお母さんが音大いるときに、ドイツに留学したりして。
遠距離恋愛も何とか乗り越えて、今も仲良く、ベタ甘な夫婦やってるわ。
だからね、理名ちゃん。
あなたも大丈夫よ。
なんてったって、大学は一緒、って確約が既にあるのでしょう?
私のかつての友達とは違う。
だから、何も臆することなく素直に気持ちを言えばいいのよ。
そうすれば、絶対伝わるわ。
拓実くんだけじゃない、深月たちにもね?
何やら騒がしくなってきたわね。
きっとあなたを探してるのね」
由紀さんが席を立つと、バーのドアが開いた。
ドアの先にいたのは、噂をすればなんとやら、深月と秋山くんだった。
「お母さん!?
なんでここに?」
「お母さん?
あ、え、あの人が、深月の母親?
初めまして!
娘の深月さんとお付き合いをさせて頂いています、秋山 道明と申します!
ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします!
深月さんのことなら任せてください!」
なんだかいつも冷静で、周りをよく見ていて、めったに取り乱さない秋山くんが、しどろもどろだ。
隣にいる深月も必死に笑いを堪えている。
深月が私に外に出るようにジェスチャーを送ったので、その通りにすることにした。
あそこにいちゃ、邪魔だよね。
重たいドアを開けて外に出ると、そこには麗眞くんがいた。
紺のシャツに白いストライプのパンツが夏らし
い。
「やっぱりここだったか。
深月ちゃんの母親が俺の親父と会う約束してたみたいで。
例の機械の電波、理名ちゃんの分は拾えたけど弱かったんだ。
深月ちゃんがさ、もしかしたらどこかでウチの母親と会って話し込んでるのかもしれないってことを教えてくれたの。
ゆっくり話せる場所はここしかないからさ。
来てみるとビンゴだったよ。
勝手にどこか行くなよな、まったく」
そう言うが早いが、メールを打つ。
麗眞くんと一緒に、エントランスがある階に戻る。
玄関口の白いソファーには、拓実くんが座っていた。
制服ではなく、私服に着替えている。
シンプルなシャツにグレーのパーカー、色の濃いジーンズという格好だが、背の高い拓実くんによく似合っている。
私を目ざとく見つけると、隣に麗眞くんがいるにも関わらず、私を強く抱きしめた。
「ちょ、拓実く……」
「ごめん。
そうだよね。
自分のことばっかりしか考えてなかった。
理名ちゃんがどう思うかなんて、すっかり頭から抜け落ちてて。
俺、全然できた人間じゃないや。
君の学園に転入する話を持ちかけられたときにその話を断って、理事長さんに褒められたこともあったけど。
それで舞い上がってた。
理名ちゃん、いいよ?
こんな最低な奴と無理して一緒にいなくて」
その言葉を聞いて顔を上げると、泣いたのだろうか、目は真っ赤に充血していた。
そっと彼の広い背中に腕を回す。
広くて逞しい、筋張った骨の感触をリアルに感じて、胸が高鳴る。
「そんなことで嫌いになるほど器の小さい人間だと思われてたほうが心外だな。
別にいいの。
それぞれの家庭の方針があるし、それぞれの人生をどう生きていきたいかも自由だし。
拓実くんの人生の中に、私が入る隙間がほんのちょっとでもあればそれだけで嬉しい。
今は無理して国際電話しなくても、ビデオ通話とか出来るし。
そういうので、繋がりさえ断たなければ大丈夫だし。
私の学園、修学旅行先がまだ国内か海外か決まってないから、拓実くんのいる国に希望出すこともできるし。
そういうので、ちょっとでも会えれば。
そこまで不安になることもないと思うんだ」
私がそう言うと、拓実くんはこれでもかというほど私の頭を撫でて、にっこり微笑んでから、言った。
「理名ちゃんみたいな子に会えてよかった。
俺、超幸せ者だわ」
「話は終わった?」
「話が終わったなら行くぞ。
スイーツ&軽食バイキングで華恋ちゃんの復帰祝いと拓実くんを送り出す会を兼ねて盛大に皆で弾けて騒ぐぞ。
修学旅行の前哨戦みたいなもんだな。
覚悟しとけよ?」
いつの間にか、正瞭賢の名物カップルの2人が迎えに来ていた。
「早くー。
今、多分深月と秋山くんが冷やかされてるとこだと思うから。
あと、人が1人増えてるから、そこもよろしくね?
ま、2人が知ってる人だけど」
さっきの流れで、絶対何かあったな、あの2人。