「授業はここまでだが、今日の授業内容についてはよく復習しておけよ!
期末試験の範囲にするからな!」

先生がそう言った瞬間、チャイムが鳴って授業は終了した。

「はぁ。
生物の授業、怠かったねー」

「今日の範囲の遺伝と形質、心理学でも遺伝は少しかじるんだよね。
だから、いちいち細かく説明されなくても大枠は分かってるんだけどね」

「まぁ、でもいいんじゃない?
忘れかけた頃に復習出来たと思えばさ。
それに、遺伝と形質についてはよく分からないビデオ教材見せられただけだし」

「ちょっとサボれてよかったよね」

深月と椎菜とでやいやい言い合っていると、椎菜が嬉しそうに顔をほころばせた。

「麗眞たちの文系クラスも、今現代文の授業終わったんだって!
皆で食堂でご飯食べないかって」

「お、いいね、行こ行こ!」

「今日は美冬もラジオ番組ないしね。
食堂で食べるにはもってこいって感じではあるかも」

「理名、そういうときは素直に行きたいって言わなきゃ!ほら、行くよ?
エレベーター混んじゃう」

上機嫌な深月に手を引っ張られながら食堂に向かう。

食堂は上の階にあるため、早く行かないとエレベーターが大混雑するのだ。

食堂に着くと、椎菜が不満そうな声をあげた。

「スマホの電波圏外になってるー。
これじゃ、麗眞たちに連絡取れないー」

むぅ、と子供みたいに頬を膨らませる椎菜は可愛かったが、その顔は私たちより角張った一本指で元に戻される。

「なーに、食堂の入口付近で可愛い顔してんの。襲うよ?」

「あれ、麗眞くん、いつからいたの?」

「10分前からいたよ。
来るのは分かってたから、美冬ちゃんとか賢人、道明に席取りを任せて俺が迎えに行きたかったからさ。

来る途中でお前らが迷子になる可能性も捨てきれなかったし?
特に椎菜がな」

いつか皆に、理名の事件のときに渡された機械をひらひらと見せびらかす。

そういえば……
発信機やら、GPSやら、盗聴器やら、高性能ビデオ録画機能やら、悪用したらヤバい機能がてんこ盛りなんだったな、それ。

しかしこの男は。
常に脳内が椎菜のことで占められているのか。
他のことに頭の容量使わないのかな……

食券を買いに行こうと券売機に向かう。

深月が気を利かせて、椎菜と私の分も食券を買いに行ってくれるという。

「私、ドリアがいいなー」

「私、今日はガッツリいきたい気分だから鶏そぼろ丼にしよ」

私がガッツリ食べるなど珍しい、と言われたが、これくらい食べなきゃエネルギーがチャージできないのだ。

何しろ次の時間は、英語だ。

苦手ではないが、指名されて答えられないと、その場で着席が出来ず、次の指名で正解ができるまで立っていなければならない、というスパルタ英語教師に教わっているからだ。

「了解!
んじゃ、2人は席にいてよ」

席に戻ろうとすると、食堂に人だかりが出来ていた。

1人の女の子が女子たちに囲まれて質問攻めにされている。

明らかに注文待ちの商品を取りに行っている風ではない。

「なんか芸能人の囲み会見に雰囲気似てるけど」

「表彰されてた琥珀ちゃんだろ、囲まれてるの。
女子にとっちゃ、痴漢されてた女の子助けたなんてヒーローみたいだからな」

「だとしてもちょっと、かわいそう。
ずっとあのままじゃ、お昼ごはんもまともに食べられないんじゃない?」

「助けてあげるべき、だよね」

「ちょっとどいて。
通行の邪魔。

ここでこういうことされても、迷惑じゃない?
私たちの学年は事情わかるかもしれないけど。

ここは全学年の人が利用する公共の場所だし」

「そうそう。
そういうこと。

皆、こういうことは校庭とかバルコニーとかで話聞いたら、よかったんじゃないかな」

私と椎菜が群衆に向かって説得する間に、麗眞が琥珀ちゃんを人混みから救い出していた。

それにしても、棘のある私の物言いを柔らかいかつ聴取を嫌な気持ちにさせない言い方が出来る。
さすが椎菜だ。

学園のアイドル、ともてはやされる所以か。

「ありがと、助かった。
ご飯食べたくても前にも後ろにも進めなくて、ちょっと困ってたの」

「ん?琥珀ちゃんは気にしないでいいの。
ま、親父の同僚の娘だし、助けるのは当然、ってことで。

それに、椎菜が琥珀ちゃんのこと助けたいって言うから、希望を聞いただけだし、

実際に動いたの、椎菜と理名ちゃんだし」

「2人とも、ありがとう」

琥珀ちゃんは丁寧に、私と椎菜にもお礼を言ってくれる。礼儀正しいところは去年までと変わっていない。

「んー?いいのいいの。
困ってる人は助けるのが常識だし」

「なんかずっとあのままなの、不憫だったし、気にしないでいいよ。

人数増えたほうが賑やかだし、琥珀ちゃんがいるなら話しやすいし」

私はそう答えながら、椎菜ちゃんの口調とかボキャブラリーがだんだん麗眞くんの影響受けてきてるな、と感じた。

「遅いぜ、麗眞」

小野寺くんと美冬に秋山くんは、一足先に昼食にありついていた。

集会の時にパニック障害の発作を起こして倒れた美冬だが、今は顔色も良さそうだ。

無事にいつもの美冬に戻って良かった。

「ごめん。ちょっとハイエナに囲まれてた仔鹿を助けてきたの」

「あれ、今日表彰されてた琥珀ちゃん!
学年変わってからは顔見るの久しぶりー」

美冬が嬉しそうに琥珀ちゃんに話しかける。

誰?という顔をする秋山くんに、美冬が口を開こうとすると声が飛んだ。
深月の声だ。

「琥珀ちゃん。
去年の宿泊学習のときに仲良くなったの。

ミッチーはそりゃ、知らないよねぇ。
ごめんごめん」

「あ、深月!
おひさー」

「私も琥珀ちゃんが囲まれてるのには気付いてたんだけど、あの3人なら先に助けてくれるだろうって思ってたからさ。

それに私は、2人の分の食券買う責務があったし、それを全うしてきましたよ?

もう食堂のおばちゃんには渡してあるから、そろそろ呼ばれるはずなんだけど。

ああ、でも今の時間ならおばちゃん、運んできてくれるかな」

普段は注文したメニュー名とともに、おばちゃんと顔見知りなら苗字も一緒に呼ばれる。

食堂の混雑具合によっては、おばちゃんが直接持ってきてくれるのだ。

「ほらほら、アンタたち、賑やかなのは元気が良くて何よりだけど、冷めちゃうから早くお食べ。

はい、これ、アンタら3人のお嬢ちゃんたちのね。

ドリアに鶏そぼろ丼にクリームシチューね。
たんとお食べ」

ただ一人注文しておらず、所在なさげにしている琥珀に、おばちゃんが話しかける。

「アンタは何がいいんだい?

あの人の多さじゃ、券買うのも骨だろ。

いいよ、直接私に言いな。
もう時間もないんだ、急ぎで作るよ」

「チャーハンと単品の野菜スープ、お願いします」

琥珀はおずおずと制服のポケットのミニ財布から500円玉と100円玉を取り出しておばちゃんに渡した。

「はいよ。ちょっと待ってな」

10分もしないうちに、琥珀が注文したメニューも無事に到着して、話題は表彰されていた琥珀ちゃんのことになった。