アルバイトの面接は、あっけなく通った。

医者志望というと、店長にビックリされた。

「そういう子を僕が引き寄せちゃうのかな。
先週入ったばかりの男の子も、医者志望なんだよ。
部活とも両立させているし、すごい子だよ。

あと、現役の医学部の子もいるし。
岩崎さんにとっては、いい刺激になるんじゃないかな。

じゃあ、明後日からよろしくね。
雇用契約書を書いてもらうから、印鑑だけ忘れないでもらえると嬉しいな」

必要な書類が明記された紙を貰った。
住民票記載事項証明書と、保護者の同意書。

それに、アルバイト許可証と、指定銀行の口座が必要らしい。

書類、多いな……

今日明日で何とか用意しないといけない。
それはわかっているが、1人では到底用意できる自信はなかった。

すぐに麗眞くんに電話を掛けた。
宝月家の邸宅に呼んでもらう。

麗眞くんは手が離せないようだったので、時間に余裕がある女性の使用人さんを私に同行させてくれた。

学園も市役所も、銀行にも。
移動が楽なように車で連れて行ってくれた。

ありがたい……
どこまでサービスいいんだ……

「本当にありがとうございました。
助かりました。
麗眞くんによろしくお伝えください」

帰宅してから、父親にアルバイトをすることを伝えた。

「いいんじゃないか。
若いうちから、社会経験を積むことはいいことだ」

そう言って、喜んで同意書に氏名のサインと捺印をしてくれた。

そして、初出勤の日。

私服のチェックシャツとジーンズを脱いで、制服のエプロンに着替える。

エプロンなんて、まずプライベートでは付けないので、気恥ずかしい気持ちになった。

着替えを終えて、店長の声でバイトの子が一斉に集められる。

自己紹介を促された。

「初めまして。
今日からお世話になります、岩崎理名です。
初めてなので緊張していますが、よろしくお願いします」

顔を上げると、見知った顔と目があった。
私の顔を見て、目を見開いて腰を抜かさんばかりに驚いている。

「拓実くん、ちょっと」

店長に呼ばれたその名前は、私の胸をキュンと締め付けた。

「拓実くん、この店の基本的なルールだけ、教えてあげてくれるかな。
その後の説明は僕がするから、よろしくね」

わかりました、と返事をする拓実くん。

拓実くんに教わったら、何も頭に入ってこない自信がある。

それくらい、ドキドキしているし、もやもやもしている。

拓実くんからこの間貰った言葉に、どう返事を返してよいのか、分からないのだ。

基本的なルールはこうだ。

大きく分けてホールとキッチン担当。
最初は皆ホールからスタートするという。

ホールは、オーダーを取って、コーヒーや食事を運び、下げ物をして、お会計という流れ。

このお店は、1つ特徴がある。

メニューをお客様に差し出すときに、アレルギーの成分表示表に必ず目を通して頂くようになっているらしい。

さらに、メニューを下げるときも「アレルギー表示もご確認はお済みでしょうか」
といって確認をとる仕組みになっている。

アレルギーがあったお客様には、アレルギー対応のメニューをご案内することになる。

アレルギー原因物質の種類によっては、他のお客様にお願いして、場所を移動していただくこともあるそう。

食事を提供する側になるのだ。

アレルギーの有無をしっかり把握していなければ何かあったときに対応ができない。

その仕組みには、溜飲が下がる思いだった。

卵アレルギーの人の近くでオムライスを食べているお客さまがいた場合、どういうことになるかは想像に難くない。

そういう方への対応も求められる。
原材料にこだわっている理由もうなずける。

なお、この店は時間帯を問わず完全禁煙になっているようだ。

ここでなら、医者志望として大事な接客スキルが身につきそうだ。

初日は、とにかく基本的なルールを詰め込まれたのだが、すでに脳内がパンクしそうだ。

帰りは、チェックシャツの上にジャケットを羽織った拓実くんと一緒に帰った。

「明日もだよね?
明日からもよろしくね!

俺もまだ入ったばかりだから、あまり大きなことは言えないけど、一緒に頑張っていこうね」

私の家まで送ってもらった後、手をひらひらと振って帰って行った拓実くん。

返事、言えなかったなぁ。

このまま、彼に気持ちを言えないままなのだろうか。
言えない自分が不甲斐ない。

その日は、帰宅したら父がいなかった。

1人なのをいいことに、熱いシャワーを浴びながら、久しぶりに声を上げて泣いた。