あっという間に季節は冬から春になった。
バレンタインなんて、渡せなかった。

私も拓実くんもクラス分けの試験で忙しかったから。

友チョコでよしとした。

本当は、深月にも渡したかったけれど。

あっという間に、クラス分けの試験の結果が来た。

事前に、進路希望のアンケートもとってあり、それと試験の結果で判断されるらしい。

私と深月と椎菜は理系。
碧と麗眞くん、華恋、美冬は文系である。

すっかり、宿泊オリエンテーションでつるんだ野川ちゃんたちとは疎遠になってしまった。

椎菜と麗眞くんのクラスが分かれるとは思わなかった。

まぁ、クラスが分かれても、あの2人ならラブラブだろう。

新しい年になってからの登校初日には、クリスマスプレゼントだというお揃いの指輪を薬指にしっかりと嵌めていたのだから。

アクセサリーの値段なんてわからないが、麗眞くんが買うんだから、そこそこにいいお値段のものだろう。

麗眞くんは、椎菜から貰ったという腕時計までしていた。

椎菜と麗眞くんのものはデザインこそ違えど、同じブランドのものになっているらしい。

さりげなくお揃いと「誰が見てもお揃い」があるのが、この2人らしい。

美冬と賢人くんは、晴れて椎菜と麗眞くんが宿泊オリエンテーション明けにしていたようなことをする関係になることができたという。

そんな2人は、文系で同じクラスだ。
ちなみに、1年生の時はクラスが違った琥珀ちゃんは文系だという。

高校2年生にもなると、部活への新入生の勧誘が急務となる。

美冬も華恋も、部活の後輩を勧誘するのに必死だった。

軽音楽サークルは入部希望者多数であった。

正瞭賢の名物カップルである、麗眞くんと椎菜が見たいらしい。

「こういう時、集団心理とかを知ってる、深月がいたら強いのに」

「そうそう。
親友のよしみで、放送部と演劇部の入部者確保に尽力してくれそうなのに」

親友皆が、深月のいない日常に、未だに慣れることが出来ないでいた。

そんな折、ある日の授業終わりのことだった。

各々の部活が終わったら、皆で適当な場所に落ち合ってくれれば、相沢さんが全員まとめて拾いに行くと麗眞くんから言われた。

彼のことだから、何か話があるのだろう。

皆で学校近くのゲームセンターで落ち合ってプリクラを撮ったりしていた。

華恋と美冬は、軽音楽サークルに勧誘したくなるくらいのリズム感を、太鼓を叩くゲームで発揮していた。

私も久しぶりにプレイした。
ふつうのレベルだったのに、かなりの高得点を出すことが出来た。

ほんの少しだけだが、ピアノをやっていたことを話すと、皆に驚かれた。
そんなに意外かなぁ。

やがて、いつものリムジンがゲームセンター前に停まったため、宝月家の邸宅にお邪魔した。

案内された応接室には、拓実くんと秋山くんもいた。

「理名ちゃんと拓実くんは二度めまして。
他の皆様は、初めまして。
私立クレー姉妹舎高等学園に通う、秋山道明(あきやまみちあき)です」

皆が、口々に自己紹介をしていく。

それが終わったところで、麗眞くんの執事の相沢さんが、場所を変えるからついてきてほしいという。

遠足みたいな大所帯で、日本のドーム球場5個くらいの敷地を歩き回った。

着いた先は、シアタールームだった。

プロジェクターが鎮座していて、パソコンには「かべみみくん」だったか、そんな名前の機械がつながっていた。

「皆様、席にお座りください。

これから流す映像は、とりわけ岩崎 理名様にとっては苦痛でしょう。

しかし、これが現実です。
とくとご覧くださいませ」

執事の相沢さんが、そう前置きして流した映像は、学校ではない、塾での風景のようだった。

深月が席を立った隙を見ての自習室での置き引き、財布の盗難。
バケツで上から水をかけられる。

私が以前受けたような、甲高い女子生徒の笑い声まで録音されていた。

プリントやノートをわざと渡されない。

噓のテスト日程を教えて、教室に言ったら塾のシャッターが閉まっていて、肩を落として帰る深月の様子も映し出されていた。

その横顔は、少しやつれて見えた。

「この映像は、どうして?」

美冬の問いには、拓実くんが答えた。

「俺と道明くんの友達が、深月と同じ塾に通っているから、その人にこの機械を渡して、
塾に行くときは持っていて貰った。

知り合いが自作したICレコーダーですって言えって言付けしたんだ。

先生方も興味を持っていたのは幸いだった。

生徒がいない隙に、録画機能もついていますって言って、自分の授業を振り返るのにも使えますって言って複数台渡したんだ。

その結果、塾内のあらゆる教室にこれが設置されることになった。

それを流してもらっているのが、この映像」

「相変わらずだな。
他人のには本当に聡いくせに、自分のにはめっぽう疎い。
そういう奴なんだ、浅川深月って女は。

それでいて、人に絶対弱みを見せまいと思っているから、気丈に振る舞う。

本当は、こんなことをされて、泣きたくて仕方がないくせに。

そういう奴だからこそ、放っておけないんだけどな」

私たちの知らない深月の一面を知る秋山くんの言葉は的を射ていた。

この、「メディカルゲッター」という塾は、医学部を目指す生徒を対象としているらしい。

しかし、今は生徒が欲しいのか、医学部を目指していなくても、進路に迷っている方は見学を受け付けているようだ。

「この塾、たまに俺の高校がある最寄り駅でもチラシを配っているな」

「そういえば、俺のところもだ」

チラシを配れば、見学にだけでも来てくれる人が増える。

見学という体で、深月の普段の様子を見るほうが、学校とは違う、塾という環境でいじめを受けている原因もわかるはずだ。

拓実くんと私、華恋と美冬、秋山くんが、見学者を装って深月の様子を見に行くことで合意した。

さらに、相沢さんの提案で、英語と数学の教員免許を持っている宝月家の使用人を、面接希望として潜入させることにした。