渋谷くんが、保健室にふらりと現れたのは、それからさらに3日後のことだった。


10日間も顔を合わさなかったのは、これが初めてだった。

さらに、もう授業は終わって、今は放課後だ。

珍しい。
いつもなら、授業中に抜け出してくるのに。

『頭痛い』

渋谷くんは壁にもたれて、いつものように言う。

まるで、昨日も来ていたかのような自然さで。

『…ええと…もう授業終わったんだし…おうちに帰って休んだら…?』

慎重に言葉を探しながら、至極最(しごくもっと)もなことを言った。

『…ひでぇ』

ふっと下を向いて、渋谷くんが片方の頬だけで笑う。

『…ひどくない…と思うけど…』

だって、もう下校時間だし。

『ほんとに頭痛いんだけど』

『いつもは、仮病だったんだ』

ニヤリと笑って、渋谷くんを見たら、確かに少ししんどそうだった。

『お熱、計る?顔、少し赤いよ』

体温計を手渡そうとしたら、首を振る。

渋谷くんは、ゆっくり近付いてくると、自分のおでこに手のひらを当てて、

『あ、ほんとにあるかも。触ってみて?』

目をくりくりさせて、少しかがむ。

『え?ほんとに』

手のひらをそっとおでこに当てると、本当に熱かった。

『うわ、本当に熱あるじゃない。早く帰って寝てなさい』

早く早く、と渋谷くんをドアに向かわせようとしたら、渋谷くんの足元がふらりとした。

『無理…しんどい』

これは自力で帰るのは、無理っぽい。
かと言って、私の力でも無理だろう。

渋谷くんをベッドに寝かせると、

『桜井先生、呼んでくる。連れて帰ってもらおう』

出ていこうとしたら、手首を捕まれた。

手が熱い。

『いい。ちょっと寝たら、帰れる』

言い終わると、もう目を閉じている。

『…分かった』

少し休ませて、無理そうなら、呼びにいこう。

冷蔵庫から氷枕を持ってくると、頭の下にそっと手を入れて氷枕を滑り込ませた。

渋谷くんは、頭を少し動かしたけど、そのまま眠り続けた。

そっと、カーテンから出ると、また雨が降っている。

私はパソコンに向かった。

静かな保健室に、カタカタカタという音だけが響いている。