『桜井先生、今日はお暇ですか?』


次の日の朝、私は職員玄関で桜井先生に声をかけた。


『もちろんですよ。飲みに行きますか?』

私から飲みに誘うのはこれが初めてだった。
だからなのか、桜井先生は嬉しそうにそう返事を返してくれた。

昨日はほとんど眠れなかった。
なにをしても、松原さんの言葉が思い浮かんだ。

私の頬にそっと触れた指も、
私の唇に優しくキスをした唇も、
私を目を細めて見た瞳も、

今は松原さんに向けられている。


私に向けられたのは嘘だったというのに。

忘れてしまいたい。

渋谷くんのことなど。


全部
忘れてしまえたら。

そしたら私は楽になるのだろうか。