前に桜井先生とここに座ってビールを飲んだのはいつだろう。

目の前でしゅわしゅわと音をたてる泡を見ながら考えた。

『お疲れ様です』

そう言って軽く当てられたジョッキに口をつける。

『相変わらず、いいのみっぷりですね』

桜井先生がははは、と笑う。
なにがそんなに面白いのだろう。

『今日は俺のおごりですから、じゃんじゃん飲んじゃって下さいね』

『…どうしてですか?』

どうして、私を飲みに誘うんですか?
私がすぐにやらしてくれそうだからですか?
隙ありまくりだからですか?

『言ったでしょう?今日は平井先生にお礼がしたいって』

『なんのことですか?』

右隣に座って、冷奴にお箸をのばしている桜井先生をチラリ、と横目で見た。
お礼を言われることをした覚えはない。

『渋谷が、進学するって言い出したの、平井先生が説得してくれたからでしょう?』

にっこりと笑うその日に焼けた顔を私はまじまじと見た。
この人は何を言ってるのだろう。
何を勘違いしているのだろう。

人の気も知らないで、渋谷、なんて言葉を出した挙げ句、まるで見当違いのことを言っている。

『…あの?平井先生?どうかしましたか?』

『…私はなにも…してませんけど』

何もしてない。
受験勉強を真面目にしだしたのは、ただ二学期になったから。
―夏休みで終わりにしよう、って決めてたし―
渋谷くんは確かにそう言った。


『いやいや、そんなことないです。平井先生のおかげですよ』

私が謙遜しているとでも思ったのか、桜井先生は笑いながら続ける。

『俺や進路指導の先生がいくら言っても聞かなかった渋谷が、急に「医大に行って医者になりたいから、受験勉強を頑張ります」ですよ?平井先生、どんな魔法を使ったんですか?』

無視して、ビールを飲み干した。
何を言っても無駄だと思ったし、説明するのもめんどくさい。
そもそも、本当のことなど言えるはずもない。