誠二兄さんはオフィスに入るや否やこう言った。

「滝野はここにまだ足を踏み入れてないのか?一度も?」

「ええ。」

私は返事するのも億劫だった。

「どういう男か見てやろうじゃないか?」

「彼はどうにもならないわ。テコでも動かないの。それが彼の良い面でもあるけど。」

私はどうやってゆずるさんを説得するのか

誠二兄さんの手腕に頼るしかなかった。

「滝野は煮え切らないだけだろ?」

「よくわからないわ。何が気に入らないのか私にはサッバリよ。」

「視野が狭いのだろうか?」

「兄さんに任せるわ。」

「投げたな。」

「実際お手上げなのよ。」

私はゆずるさんが欲しかった。

彼の自己の強さは仕事に活かせるし

私に対しての冷めた態度が気に入った。

過去に付き合った男たちは深沢財閥にしか興味がなく

もちろん私自身にも魅力を感じたのだろうけれど

彼らの目的は言わずとも周知のとおりだった。

その点ゆずるさんは別格だった。