ラショナリズムシンキングLOVE

【ホセside】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「っ…」

今まで、うまくやって来た。

そうだろ?


「どうして」

今まで、築きあげてきたじゃねえか。


「止めて」

一生を懸けて、築き上げてきた。


「来るな」

みんな、追い出したろ?


「もう…もう…」

なのになぜ、この手を振り払えない。

差し出された、この手を。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

__嗚呼…誰もいない。

軽く自嘲気味に嘲ると、漆黒の闇が自分に溶け込んでくる気さえしてくる。

冷たい暗闇はそれでも妙に心地よくて、全て委ねたくなってくる。


"楽になれる"

どれだけ苦しんで来ただろう。

悪魔が囁く。


"戻らなきゃ"

あんなに優しくしてくれたでしょ…?

天使が囁く。



__なあ、ダイア、ローズ?

__俺は間違ってたんだろうか。

__誰よりもアクアを、大切に思ったのは間違いだったのか?

__この気持ちを愛情と定義したのが間違いだったのか?

__この感情を何よりも大切にとっておいたのが間違いだったのか?


伝えられることなく消えていく言葉はやまびこのように俺"自身"に響く。

俺は漆黒の虚偽に塗り固められた記憶を静かに見つめた。

(その中に捕らえた自我を思った。)

ここは、黒い。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

少し前、俺は何気なく記憶をさまよっていた。

そうして見たことをほんのわずかに潜在意識として脳に刻む。

__自身の思考にこれだけしか関われないとはな…

たかが選択。されど選択。

それができなくなった俺は、意志がないも同然。

悪魔と天使と俺。

不意に脆くも崩れたバランス。

冷たい心に触れたくないから、逃げ出したのに。

それは同時に温もりさえも遠ざけた。

なのに闇から逃れられない。

なんて残酷。


その時、声がした。

どこか懐かしい、安心できる声。

__誰だ?

「私です…ホセ」

どこからか響く声に俺は本能のまま歩き出す。

「久しぶりです。お兄ちゃん!」

__何故ここに。俺自身囚われたこの記憶の中に何故易々と入ってきたんだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

…何で何もねえんだよ!!

暇。暇。暇。

何か、何か欲しい。

苦痛でもいい。心に何か欲しい。

何を与えられても何もない。

つまらない。

感動は一時の儚い感情。

どんな地獄も続けば日常になる。

俺にとって、地獄は日常だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あ、アアァあ…」

「怖がらないで下さい。大丈夫です」

ずっと求めていたはずの温もりがこんなに近くにある。

感動より先に俺は混乱した。


この空間に俺以外の誰かがいること。

笑って俺に両手を差し出していること。

俺は馬鹿みたいに首を振って少しずつあとずさる。

意味のないうめき声で拒否を訴える。

そして俺は彼女に背を向け走りだした。


(真っ白な世界にほんの少しだけ色が染まった)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

不意に現れた黒い渦。

静かに見つめる俺は____。

それは記憶の中をかきみだして、ぐちゃぐちゃにしていく。

ボロボロの心を優しく労るように。

凍った自分を溶かすように。

偽りの自分を殺すように。

___初めてだった。

小さな揺さぶりをかけられることはあったけれど。

こんなにも大きな動揺は。

俺の知るなかで。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ウワッ」

俺は何も無いのにばたんと倒れる。

当然痛みは感じないからおきあがって、また無我夢中で走る。

「ホセ?」

なのに、なのに。

相手はゆっくりと歩いている。

俺は必死で走る。

時に相手は止まる。

俺は転んでも這うように進む。

なのに、なのに。


距離が、ずっと一緒。

それどころか、だんだん狭まってくる。

見えない壁に遮られてるんじゃないかと錯覚しそうだった。

何もない。

真っ白な世界。

「大丈夫だから」

怯えた俺は優しい声さえ振り払い、狂ったように走った。

現実ならば涙が溢れ出すんだろう。

でもただただ俺は走る。

体力はない。

俺はひたすらに走る。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

___ドクン…ドクン…

おいおい嘘だろ。

ずっと止まっていたはずの記憶が静かに脈打つ。

漆黒の渦は優しい暗黒で脈打つそれを包み込む。

そのなかがどうなってるのかなんて知れやしないけど、

俺にだってわかる。

刃以外の何かが、固められた、凍った心に触れた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「大丈夫だから」

優しい、甘い声。

求めた、温かい笑顔。

欲しかった、唯一望んだ愛情。

止まれば、全て手に入る。

それを俺は知ってた。

それでも怖かった。


___何かを犠牲にするくらいなら…

また大切な家族を失う位なら、苦しみ抜いてみせる。

そう、誓っただろ?


「っ…」

ペタンと俺はついにへたりこむ。


「どうして」

邪魔をするんだ。

彼女から差しだされた小さく華奢な手。


「止めて」

懇願さえ無視されて右手は優しく俺の左手に添えられた。


「来るな」

俺はもう何も失いたくないんだ。


「もう…もう…」

堕ちるのが恐くて、羽ばたくことさえ出来ないんだよ?

___俺なんか放っておいてくれ。

そういってこの手を振り払いたい。


お前はもう自由だと言えたら。


俺に囚われるなと言えたら。


醜い自分がそれを止める。

振りきって言ってもお前は相手にしてくれない。

「アクア…もう…止めろ…」

これ以上…俺を愛さないで。

「失いたくないんだよお前を」

お前だけは守り抜くんだ、と決めたんだから。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆