周翼はそっと右腕を伸ばし菊恵を呼び止めようと唇を動かし始めたが声が出ず、ただ立ち尽くし、寂しそうな瞳でその光景をじっと見ていた。









──「吉井さん、ちょっと待って」、ただその一言の言葉が口からすっと出てこなかった。








まるで、僕からするりとすり抜けるみたいに西島先輩の元へ吉井さんが駆けていった光景が目にしっかりと焼け付いて離れない……。






いつも、自分の側に吉井さんがいてくれることが当たり前になっていて、安心をしていた。






僕は知らず知らずの間に吉井さんにきっと甘えていたんだ。






吉井さんの背中には蝶みたいな羽は生えていないけれど、どこへ行こうと吉井さんの自由だ。








離れた場所から周翼に元気良く手を振る西島先輩。








西島先輩が菊恵に「坂口も呼んで、皆で近くの喫茶店でも入って久しぶりに話でもしようか」と話しかける。








「坂口くんはこの後用事があるって言っていましたよ……」









この時、私はとっさに嘘をついた。








「そっか……、じゃあ無理だな。残念。俺、ちょうど今時間があるし、吉井さん一緒にお茶でもどう?久々にそっちのサッカー部の話も聞きたいし」








菊恵は一つ頷いた後「はいっ、お茶、行きます」と返事をした。







西島先輩と一緒に坂口くんに向かってバイバイの挨拶をしようと振り返った時、どんどんスピードをつけて背中を向けて歩いていく坂口くんの姿が徐々に豆粒のように小さくなっていく。