――ワルい……気を抜くと、ドイツ語が出てしまう……。こちらでは日本語を全く使わないから、つい……そっちも寒波で寒いんだろう?君も気をつけてって言ったんだ


「ありがとう」


――また電話する……おやすみ


郁子の耳に掠れ気味の細い声が、優しく響く。


「おやすみなさい」


郁子は、スマホをしっかり握りしめる。


このまま、ずっと話していたいと思うが、願いは叶わない。

プツリ切れた電話。
詩月の声の余韻が耳に残っている。


「周桜くん」


呟く声が嗚咽になる。


――次の電話までに弾けるように


詩月との約束が、郁子の胸を熱くする。


数ヶ月前、詩月が正門前で弾いたヴァイオリン演奏。


――難しい曲だった。
でも、美しい旋律だった