詩月は5年前のコンクール。
圧倒されるほど光彩を放っていた郁子の演奏に、敗北感と挫折感、やるせなさと絶望感、悔しさまで感じ、舞台袖で立っていられないほど震えたのを思い出す。


――あの時と同じだ……彼女は、あの時の僕自身だ


詩月は画面に映る郁子の今にも泣き出しそうな顔を見ながら、愕然とする。


――追いかけてこい……掛けるべきはそんな言葉ではなかった。今、共に奏でるのは……


詩月は指を止め、ヴァイオリンを机に無造作に置く。
机の上で渇いた音を立てたヴァイオリンが、重心を崩し傾く。


「詩月!?」

ビアンカがヴァイオリンを慌てて両手で抱き止める。

店内がざわめく。

詩月はツカツカと、ピアノを弾く宗月とエィリッヒの後ろに回り込む。


「替わってください。演奏はここからだ」