ROSE         ウィーン×横浜

「あなたって人は……『Musik-Herz』ピアノの落書き見つけたわよ」


――ん、全力で弾いていい


「もちろんよ」


――いい返事だ


手を抜いて弾ける余裕なんてないんだもの……郁子は言葉を飲み込む。


――こっちは父さんたちが、かなり盛り上がってアレンジして弾いてるんだ


「聴こえてる。さすがね」


――少しイメージが違うから、ちょっと癪だな。緒方、いつでも好きな時に始めていい


詩月の声の側で、ピアノとヴァイオリン演奏や客たちの話す声が入り乱れ、詩月の声が聞き取れないほどだ。

郁子が「あの……」と言いかけた声が、騒がしさに掻き消される。

先ほど、貢と話した楽譜の仕掛けを尋ねてみたかったのにと思う。


――Shitsuki, und es wagen, eine versteckte Version zu spielen


一際通る男性の低い声が凛と響く。