「チャイコフスキーの『懐かしい土地の思い出』とリストの『ラ・カンパネッラ』だ」


「その程度の曲で、代役が見つからないんですか」


「そうだな。ミスをして恥はかきたくないんだろうな。ユリウスから、2曲は君の十八番だと聞いている。どうだ?」


「……周桜の名を伏せて弾いてもいいなら」


「頑固な奴」

渋々、代役を引き受けようとする詩月に、ミヒャエルは呆れ顔で漏らす。


「わかった。礼を言う」


宗月が、頭を下げようとするのを詩月の声が遮る。


「容赦はしません。全力で弾きます」


「ケルントナー通りのヴァイオリニスト、楽しみにしている」


「音合わせは?」


「明後日、コンサート当日、開始3時間前」


「了解」

詩月は、素っ気なく呟き頷いて、コートを羽織り、ヴァイオリンケースを抱え店を出る。