ROSE         ウィーン×横浜

ミヒャエルがカウンター席から、呟いた声。

次の瞬間、ピアノを弾く詩月の体がぐらりと揺れる。

黒髪の男は、ガタッと音を立て立ち上がった。


「詩月!!」

沈む体を、咄嗟に抱きかかえる。


――軽い!?


腕に伝わる重み、そのあまりの呆気なさに驚く。


「大丈夫か」


「……目眩がしただけ」

詩月は言いかけて、男の顔を見る。


――あ……、父……さん


呟きは声にならない。


「詩月!?」

ミヒャエルが、慌てて駆け寄る。


「……無様だ……演奏中に目眩なんて……あんな演奏を貴方に、よりによって貴方に聴かれるなんて……」

詩月は、荒く頼りなく息をつき、過酷な曲を弾いた指の痛みに、顔を歪める。


「良い演奏だった。君にしか弾けない『木枯し』だと」


「慰みはいらない。貴方のショパンに比べたら、僕のショパンなど……素人も同然だ」