ROSE         ウィーン×横浜

丈長のコートに身を包み、黒髪の男が店に入ってくるなり、感嘆の声を上げる。

その後ろで、アッシュグレーの髪色をした男が、ピアノ席にそっと、目を向けた。


アッシュグレーの髪をした男はハッとし、マスターを見る。


――詩月か?

その目がマスターに問いかけている。

マスターは男の表情から問いかけを察するように、コクリ頷く。

ピアノを弾く詩月は、2人の男に気づいていない。

黒髪の男は、演奏者の姿を一瞥し、ピアノの後部座席に、どっしりと腰を下ろす。

巧みに動く指、重厚な旋律にも関わらず、澄んだ音色。

涼しげな様子で、広範の分散する和音も半音階も、連符の嵐も、ものともせずに、ピアノを奏でるピアニストの後ろ姿を見つめている。

ピアニストの細く華奢な長い指が、時折見えるたび目を細める。


――ピアニストの指ではない