ROSE         ウィーン×横浜

「木枯らし」は全力疾走で耐久戦のレースをしているような曲だ。

広範な分散和音と半音階、連符の嵐。

詩月は指が吊りそうだ……何度も思う。

腱鞘炎を克服し、やっと留学前に主治医から、練習時間制限を解かれた指だ。

1年もの治療、腱鞘炎の痛みを思い出す。

詩月は恐いと思いながら、指を止めない。

鍵盤を叩き続ける。

父、宗月の顔が演奏が脳裏を霞める。


――父を、あの人を、周桜宗月を越えたい


胸に沸き上がる感情が、ただピアノを弾かせる。


「木枯し……凍えそうなほど吹き荒ぶさまが見えるようだ」

マスターがグラスに酒を注ぎながら、声を震わせる。


「先日の比ではない……僅か数日で、ここまで演奏を変えるのか」

ミヒャエルはカウンター席に、よろけるように座りこんだ。


「ほぉ~、凄い音を出すじゃないか」