いまなんて言った?

その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

明るくてちっちゃくて、天然な三郷。

でも目の前に居るのは全く異なった妖艶な三郷。

二人の三郷が俺の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざる。

藤咲は今何をしてるのだろう。

不良に絡まれたりしてないか。

_泣いていたりはしないか。

いろいろなことが頭によぎってはぶつかり合い、混ざり合う。

溶けては俺の脳みそにこびりついてぐるぐるとかき回される。

そんな混乱の中だ。

言葉が言葉として機能していない。

俺はなんて言えばいい?

「ねぇ、高坂くん?」

艶やかな前髪から覗く瞳が俺をとらえて離さない。

「あ、俺は、」

詰め寄る三郷が怖い。

怖い怖い怖い。

暑い空気が雨に蒸されてまとわりつく。

「知ってるわ。優愛の事が好きなんでしょ。」

優愛。

その名前が出た瞬間体の力が抜ける。

そうだ。優愛。

俺にするすると理性と冷静さが戻ってきた。

ひとつひとつ物事が繋がっていく。

「ああ、俺には優愛がいるんだ。だからごめん。」

俺は一歩、三郷から逃げるように後退した。

クスリと三郷が笑う。

「そう。それはわかっていたわ。断られることも全部想定内。
 あなたの事は諦めるわ。そのかわり、」

それから一呼吸置く三郷。

その一瞬がとても長く感じられた。

後退した筈の溝がいとも簡単に埋まる。

「…私に甘い甘い、キスをして。」