ライは、テイクオーバーゾーン内で姿勢を低くする爽馬を見ながら、同じベンチに座る九雷鈴菜のことを考えていた



夏休み、帰省していたのを市河に呼び出されたあの日


父親たちは確かに九雷鈴菜のことを話していた


『九雷さんとこの子も、よくやってくれた』

それがどうしても気になって頭から離れない


九雷鈴菜と一緒にいるのを女子達に騒がれて以来、向こうからも自分と関わるようなことはしていなかったのだ

だから入学以来、彼女に何かされた覚えなどないのに


九雷鈴菜.....何か隠してんのか.....?


「ライー?」

「ん.....?」

景に呼びかけられ、ライは彼女の方を向く


俺が機嫌の悪そうな顔をしたり、一人でどこかつまらないような顔をしているのは良くあることだ


しかし彼女は、稀にある本当に真剣な時にこそ、声をかけてくる

あいかわらず景は鋭い


ライはくしゃりと頭を掻くと、九雷鈴菜のことを頭から吹き飛ばそうとするかのように前を見た


「ほら、爽馬の番が来る」


遠くで構えていた爽馬は、クラスメートからバトンを受け取り

まるで風のように駆け抜けて走った


「...........」

景が、息を飲んでいるのが分かる


「「あの子速ーい!てか綺麗!?」」

「あの美少年の子めっちゃ速いよ!?」

「一年の妖術科の小高くんだよね!?」


爽馬は目に影を宿したような、どこかを見据えたような表情で、トラックを一気に駆け抜けた

彼の細く柔らかい髪はサラリとなびき、ふわりと舞う


白い肌の顎に、汗が垂れ光っている


爽馬がバトンをパスするのは魔術科側のテント前だ

彼がものの数秒走ってくる間、魔術科の生徒たちは彼のかもしだす雰囲気に圧巻されながらその姿を見ていた


滑らかな白い腕が、バトンをパスする


役目を果たし終えた彼は髪をなびかせながら、自分を見る誰とも視線を合わせることなく減速した


そしてゆっくり振り向いて踵を返す



「..........!」


思い込みかもしれない

けれど景は、魔術科応援席のベンチの端に座る自分と


ほんの少しだけ

爽馬が目を合わせたような気がした