車を降りたオレたちは、港を離れて狭い路地に入っていった。そこは港で働く人たちのための飲食店が軒を連ねる小さな商店街になっている。
 そして子供たちの生活圏から離れた港湾地区には、昔からヒューマノイド・ロボットが接客するカベルネのような性風俗店が何軒もあった。
 商店街を奥に進むにつれて、入り口に派手な装飾を施した風俗店が増えてくる。昼間のこの時間は、どの店も一様に灯りが消えて、扉は閉ざされていた。

 班長はその中の一軒、ピンク色の壁に赤い花の絵を散りばめた店に足を向けた。入り口の上には灯りの消えた電飾で”カベルネ”と書かれている。
 班長が入り口横のインターホンで訪問を告げると、入り口の扉が開き、中から恰幅のいい中年男性が顔を覗かせた。カベルネの店主だ。
 店主の後について、入り口を入る。店内はオレンジ色の薄暗い灯りに照らされて、くねくねした細い廊下の両脇には個室の扉が並んでいた。どことなく退廃的なのは性風俗店ならではと言うべきか。

 廊下をくねくねと進んで、オレたちは店の奥にある事務室に案内された。さすがに事務室の中は昼間の健全な明るさだ。
 店主に促されてオレと班長がソファに腰を下ろすと、太股も胸元も露わで扇情的な服装に身を包んだ女性型ヒューマノイド・ロボットがニコニコしながらお茶を運んできた。ロティとは違い、ノーマルモデルのようだ。

 彼女はオレたちの前にお茶を置いて、どういうわけかオレの隣に腰掛けた。そして呆気にとられるオレの腕に自分の腕を絡めて、その豊かな胸をギュウギュウと押しつけてくる。
 ちょっと嬉しいけど、いったい、なにごと!?

 余計な口を挟むなと班長に言われているので、しゃべっていいのか悩ましい。対応に困っていると、彼女は人懐こい笑みを浮かべながら、甘ったるい声で話しかけてきた。

「お客さん、うちは初めてですよね?」
「は? はい」

 あ、うっかり返事してしまった。
 おそるおそる班長を窺うと、こちらには見向きもせずに真顔で手にした通信端末を操作している。その手が止まったと同時に口の端を微かに上げてオレを見た。

 え、笑った? 初めて見た。
 その直後、頭の中に班長からのメッセージが表示される。

「おまえが動揺してどうする。だが、人間だと思われているようだな。その調子でうまく人間を演じていろ」
「了解しました」