――紅葉は夢を見ていた。


 まだ幼い自分の頭をなでる母の優しい手。

『かわいい子……』

 耳をくすぐる母の穏やかな声。

 遠くでやさしく雨音が聞こえる……








 紅葉が目を覚ますと、隣に蒼太の姿はなかった。時計はすでに午後六時を指している。
『うそ!? 寝過ぎた!?』
 思えば、こんなに熟睡したのは久しぶりだった。
 ちゃんとした部屋で休むこと自体久しぶりだったし、誰かの隣で眠ることも随分なかったことだ。
 まだ少しぼーっとする頭を押さえながら起き上がった時、玄関の方で鍵を開ける音と、
ビニール袋が擦れるカサカサとした乾いた音が聞こえた。
「おはようございます、紅葉さん」
 居間の入口のフスマを開けて、中を覗いた蒼太が、起き上がってる紅葉を見て声をかけた。
「ごめん……寝過ぎた」
 ちょっと決まりわるげに紅葉が謝る。
「それは構わないんですけど」
 買い物袋を台所に置いて、座っている紅葉のそばまでくると、正面に膝をついて身を屈め、紅葉の顔を覗きこみながら蒼太は真顔で言った。
「そりゃびっくりしましたよ。起きたら隣に貴方が寝てるじゃないですか」
 そして、小さくため息をついてみせ、一言。
「無防備すぎですよ」
「え?」
「僕だって男なんですから」
 蒼太が言わんとすることの意味を理解して、紅葉の顔がみるみる紅潮する。