「おい!どこにっ…!」
「どこって、私の家!」
「なんで!?」
「なんでって…泰雅くん、このままじゃ風邪をひいてしまうもの。」
「だからって…。」

 真鈴の家などハードルが高すぎるというのが泰雅の本心だが、そんなものが真鈴に伝わるはずもない。それに、握り返したこの手を離したくないという邪念も渦巻く。

「お母さん、私。開けてくれる?」
「あれ、出かけたんじゃ…。」
「急遽変更。」
「今開けるわねー。」

(…早速真鈴のお母さん…)

 それだけで泰雅の顔は強張った。強張らなくても怖い顔なのに、今自分は一体どんな顔をしてしまっているのだろうかと考えるだけでも嫌だ。それゆえに顔を下げた。

「あらあらー。噂の真鈴の彼氏さん。随分大きいのね。」
「っ…あの…。」
「お母さん!そんなことよりもあったかい飲み物準備してもらってもいい?泰雅くん、早く入って。」
「え、どうしたの?」
「私のこと、一時間も待ってたの!この寒い日に外で!」
「えぇー!じゃあ真鈴の部屋に飲み物運ぶから待っててね。泰雅くん、どうぞ?」
「…お邪魔、します。」

 ふわりと優しい声が降ってきたかと思えば、甘い香りが鼻を刺激する。これが真鈴の家なのかと思うと自然と顔が上がった。

「…真鈴。」
「なぁに?」
「せっかく出かける予定だったのに、ごめん。でも、ありがとう。」
「うん。どういたしまして。」

 にっこりと笑う真鈴に何も言えなくなる。色んなものに焦っていた自分が恥ずかしくもなった。真鈴の部屋に入ると、いつもより真鈴を近くに感じて、落ち着いたはずの心が動揺を取り戻してしまった。

「…汚くてごめんね。あ、どうぞ。」
「いや…本が、多いな。」
「そうね。最近読んでるものから絵本まで…結構あるかも。」
「っ…!」

 本棚の本を眺めていると、見つけたくなかったものを見つけてしまった。

「泰雅くん?どうしたの?」
「…俺は…バカだ…。そうだよな、お前が本好きだって、知ってたのに…。」
「…?どう、したの?」

 本が好きだということは、ちゃんとわかっていた。だからこそこのプレゼントを選んだが、どうしてその時、本が好きな彼女だからこそ、この本を持っているかもしれないと思えなかったのだろう。