忘れもしない。彼女はあの晩、向井先生のマンションにいた女性。
妊娠7、8ヶ月といったところか。
ふたりから溢れる幸せのオーラが私には辛かった。
でもそれは向井先生に未練があるからではなくて、
愛する人と何の障害もなく一緒にいられることが羨ましいと思った。
ただそれだけ。
向井先生ったらカートなんか押していい旦那さんしちゃってるじゃないの!!!!
『彼女との結婚は、教授になるための契約で愛はない』
なんて言っていたけれど、
私には仲睦まじくて微笑ましい夫婦に見えた。
最悪な別れ方だったけれど、向井先生が幸せそうで良かったと思った。
「行こうか?」
慎吾は私の手を取り、何も買うことなくスーパーを後にした。
「お前、どうしたんだよ!何かあったのか?」
意を決したように慎吾が訊ねてきた。
けれど、首を振って、
「何でもない……」
そう答えるのが精いっぱいだった。
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