「信子長老、最後に一度だけ、あなたに問う。引き返す気はないか?」
「門川当主様」
バタバタと着物の裾がはためく。
魔の海が、煽られる様にユラユラと大きく揺らめく。
空は濃い灰色に染まり濁って見えた。
「あなた様は、なぜご自分の兄上様と奥方様を斃したのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「それが間違いを正す道だと、信じたからにございましょう」
自分の身を守るため。仲間の命を守るため。
そして澱んだ世界を救うため。
左様でしょう。左様でございましょうとも。
それはまさしく、当然の選択。
そこに何の罪も無い。この世の誰にも、あなた様を押しとどめる権利などない。
だから・・・
「だから私は胸を張り、この海を越えるのです」
彼女の背筋は真っ直ぐ伸び、海の彼方を見つめている。
手を伸ばせば届きそうなのに、永遠に届かない残酷な地を。
「やらねばならぬのです。この島を救うために」
「信子長老、それはあなたの心の穴を埋める行為にすぎない」
「門川当主様」
「それは決して救いではない」
「それは『持てる者』の道理にございましょう」
自身の心の全てを噛みしめるような声で、彼女は言った。
「でもこちら側では、それは不条理。不条理を道理としては、認められませぬ」